小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』
手にたくさんの胃薬を抱えて若い男性が診察室を訪れた。なんでも隣の現代医学のデレック病院の診察を受けたあと、メンツィカンに行って再受診するように言われたのだという。
「そんなに薬をもらったんだったら、もう充分じゃないか。この上さらにチベットの薬を飲む必要はないよ」と僕はやや冷たく突き放す。すると若者は行き場を失ったように困ってしまったので「まあ、とりあえず座りなさいよ」と椅子を勧めた。
「いや、あの・・・、胃が痛いのと、あと夜、眠れなくて」
「何か心配事でもあるのかい?」
「ええ・・・。チベットで兄が政治犯として捕まって刑務所に入れられたんです。それから心配で夜も眠れません。それで心を落ち着かせる薬はこちらでもらうように言われました」
ここに至って自分の軽い言動に後悔の念が湧き起こる。と、ちょうどそのとき僕の指導医が外出から戻ってきたので、状況を最初から説明した。
「そう、それは大変ね。ダラムサラに親戚は誰かいないの。せめて同じ出身地の人がいないか調べてみてあげるわね。心の支えになるでしょ。あなたの名前と連絡先をここに書いておいて。心配したってしょうがないじゃない、ね」。デキ女医は若者の話に耳を傾けながら母親のように包み込んでいく。おそらくデレック病院が意図したところはここにあるのだろう。たしかにここメンツィカンでなら、医療の名の下にじっくりと話を聴いてあげる事ができる。
「じゃあ、ナツメグの薬を出しておきますからね。夜、寝る前に飲めば心が落ち着きますよ」
その他、よく耳鳴りの患者が送られて来る。さしずめデレック病院はこちらを心療内科、もしくは不定愁訴外来とでも捉えているのだろう。
ザティ・ルン・ジョム・ニンギ・ネー・ナム・セル
ナツメグは気の病を破壊し、心臓の病を癒す。 四部医典論説部第20章
小さい頃にインド人から受けた暴行がトラウマとなって、自分の子供を突然、殴ってしまうという父親が家族に付き添われて訪れた。とても乱暴には見えない穏やかな顔立ちが余計に事態の深刻さを際立たせている。一通りの脈診と問診を終えると、先生は患者の両手を力強く握って何度も大きな声で語りかけた。
「大丈夫よ。気にしちゃ駄目。もう、昔のことは忘れなさい。大丈夫、大丈夫。あなたはとても心の優しいお父さんよ。心配しないで。昔のことを気にしちゃ駄目よ」
眼の前で繰り広げられる熱血医劇場に最初、僕は気恥ずかしさを感じたけれど、まだ続けるのか、と驚くほど呪文のように患者を励ます先生に、最後は神々しいものすら覚えたものだった。もしもチベットの精神医学、もしくは心理学として本を出版するなら1ページでことは足りるだろう。ただ、話を聴き、同情し、励まし、できる限り助けてあげなさい。ただそれだけの素朴で単純なことが輝いて感じられる。もしかしたら、心を深く覗こうとしないからこそ患者は医者に心を開いてくれるのかもしれない。だから外国の精神科医や心理療法士が訪れても、肩透かしを喰ったように何も得られずに帰っていくことが度々ある。
チベット医は大自然と向き合い、五感を働かせて診察し、仏教などの文化を深く学び、歴史と風習を共有することで患者と共鳴する。眼に見える世界に愚直に向き合う真摯な姿に信頼関係が生まれる。眼に見えない精神の世界は、眼に見える具体的な世界の向こう側にしか存在しない。だから現代の理論的な心理学とは決して重なることはないといえる。しかし、その一方で、日本人の複雑に絡まってしまった心を解きほぐす不思議な力が、この素朴なチベット社会と医学に隠されていると思っている。気軽に立ち寄り、心の内を吐露できるこんな町医者が、地味ではあるがこの社会を堅実に支え続けてきたのではないだろうか。