知られざるラサで迎えるお正月6日間 (2009年12月)

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2009年12月29日〜2010年1月3日
文●田中真紀子(東京本社)

偉大な発見がなされた現場に遭遇したことはないが、一風変わったツアーが生まれる瞬間に居合わせたことならある。

    「風でしかできないようなマニアックな、特にチベット・リピーター向けの、濃いコースを作りたいね~」
    「じゃ、こんなのどう?」
    「おぉ、面白そう」(続く・・・)

弊社でチベット企画を10年以上担当しているN村とチベット達人ガイド兼現地駐在員のが大いに盛り上がっているのを横で聞いていたのはちょうど一年前だっただろうか。弊社のツアーには企画者が好きな場所、行きたい場所が盛り込まれることが多いのだが、このコースも例外ではなく、純粋な旅心から生まれたと私は思っている。

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ポタラ宮
「知られざるラサ」では外観を見るだけ

名は体を表すというが『知られざるラサ』は「一般的なラサ観光」を大きく逸脱した内容になっていて、世界遺産に登録されているポタラ宮も、ジョカン寺も訪れない。正確にいえば、ポタラ宮は正面から眺め、ジョカンはその周囲を散策するが、このラサの二大巡礼地かつ近年の主要観光スポットと目される場所を内部拝観せず、あえて外してあるのだ。ではこのコース、どこへ行くのか。近代化すすむラサで『知られざる~』スポットなど語るほど存在するのか・・・。
そんな疑問や不安にお応えすべく、覗けば覗くほどどんどん底が深くなる、知らないことが増えていく、不思議な世界の断片をご案内いたしましょう。

チベット病、猛威をふるって席巻中?!

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現世ご利益の女神、タプチェラモ

今回『知られざるラサで迎えるお正月6日間』にご参加いただいた皆さまは、チベット・リピーターの方もいれば、初めてチベットに来訪される方も複数名いらっしゃった。そんな皆さまの間でまことしやかにささやかれたのが、感染度の高さと後遺症の強さから、時に笑いを、時に郷愁を誘う熱病「チベット病」の脅威についてである。もう少しわかり易く解説すると、チベットに足を踏み入れると解放され安らいだ気分になる、帰国後すぐにまた訪れたくなる、関連文献をみつけると手がのびる等、ようするにチベットにはまってしまった人々の間に共有される熱っぽい何かのことを私達は「チベット病」と呼び、旅の道中何度も笑いころげていた。
なぜここでチベット病などという造語を紹介したかといえば、これがこのコースを楽しむ重要なキーワードだから。チベット病を意識し、あきらめ受け入れ、逆手にとって楽しむことが、この『知られざるラサ』を楽しむコツだと私は思うのだ。

看板に偽りナシ。「知られざる」ラサの魅力

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巡礼者あふれる冬のバルコル

高所順応を促すためには適度な運動が必要ということで、弊社ではジョカン寺を囲む環状バザール・バルコル散策をラサ到着初日の行程に組み込んでいることが多い。冬のラサの魅力を盛り上げてくれる各地から集まった巡礼者とともに私達一行もバルコルをコルラ(巡礼)し始める。

と、思ったらすぐに脇道へ。一見普通の民家が並ぶ袋小路と思いきや、人家の正面にはムル・ニンバと呼ばれるお寺が現れる。文化大革命の際、北京から「ポタラ宮とジョカンには手を出すな」と厳命が下ったとの噂があるが、ムル・ニンバはそんなジョカンの裏にあることから一部損壊ですんだらしい。寺の前では博打をうつ男達や走り回る子供がおり、とても和やかな光景がひろがっていて、物々しい雰囲気は皆無。「へぇ!こんなところにお寺があったんだー」と皆さん思い思いの感想を口にされている。

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バルコル中心路から脇道へ入る
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袋小路の民家だと思ったら・・・
ムル・ニンバの正面風景
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ムル・ニンバの入口

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ムル・ニンバにいた少年

ムル・ニンバから数十メートル離れただけのところにあるチャンパ・ラカン(弥勒堂)も一見民家の並びにあって見落としてしまいそうだ。ご本尊はチャンパの名前のとおり弥勒様。ここにはブータンでとても崇拝されている「風狂聖人」ドゥクパ・クンレイが瞑想したとされる洞窟もあり、ブータン以外で訪ねるドゥクパ・クンレイ縁の地に私も一人静かに歓声をあげていた。

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達人解説中(ネチュン寺にて)

「知られざるラサ」の面白いところは、行程も視点もスタンダードから若干脇道へずれているため、参加される方の興味の持ち方次第で、目にうつる景色に広がりが齎(もたら)されることではないだろうか。ポタラ宮は素晴らしく、見上げる度に「あぁラサに来た」と感慨深くなるが、その圧倒的な存在感に気軽なボケやツッコミなどは許されない感じをうける。「知られざる~」で紹介される寺院は、それら偉大なものに比べ、もう少し力が抜けていて、口を差し挟む余裕が見る側にも与えられている気がする。だからこそ、人によっては新しい発見が、別の方にとっては自分の中にある場所や知識を繋ぎ広げていく糸口を、見つけられるような気がしている。

巡礼は楽しくなくっちゃね!

四国巡礼についての講義を大学で受講していたことがある。専攻の選択科目で、特に思い入れがあって受け始めた授業ではなかったが、全く知らない世界で新鮮だったのを覚えている。お遍路さんの歩く姿はのんびりしつつもストイックで、巡礼とは日常生活と切り離した修行のようなものなのだと思っていた。しかしチベットやブータンに仕事で関わるようになり、巡礼とはもっと気楽な日常の延長、つまり日本でいうところの「お伊勢参り」のようなものだと認識を新たにした。

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群舞?
まさに今回のセラ寺コルラはそんな「お伊勢参り」要素が盛りだくさんで、門前でショゴ(じゃがいも)を買い食いし、サン(香草)を香炉にくべながら、時々達人ガイドの解説を聞きつつ、基本的にはチベット人巡礼者に混じりながらわいわい話しながら歩いていた。歩くしゃべる、歩くしゃべる、を繰り返すうち段々とチベット・ハイになっていった私達は岩場の段差を利用して様々なポーズをとってみた。これが妙に皆さんの心をとらえ、場所を変え、人を巻き込み、あげくチベット人にもあきれられ、「アホな日本人がいる・・・」と最後はカメラまで向けられた。
そう、こんな巡礼も・・・ありなのだ。
 
ちなみに達人によると、ラサのショゴ(じゃがいも)はロンドンにつながっている、らしい。

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買い食いも旅の楽しみ
達人、フライドポテトを買う図
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コルラ路からのセラ寺全景

さて来年の運勢は?

新年を迎える前には大晦日がやってくるが、チベットの年末年始はと言うと・・・。
チベットのお正月はロサールと呼ばれ、今年のチベット暦元旦は西暦2010年2月14日である。チベットの年末には「グトゥ」という団子入りの粥を食べる風習がある。
つまり、2009年12月31日、私達にとっての大晦日はチベット人にとっては、ある冬の一日といった様相で盛り上がりはイマイチ。でもせっかくなので、チベット式大晦日を風のチベット年越しパーティーにアレンジしてご紹介させていただいた。
「グトゥ」には占い団子が入っており、中に入っている物で翌年の運勢を占う。例えば、唐辛子=口に気をつけなさい、鉄線=健康な一年となる、バター=心優しい・運がいい、豆=仕事が充実、塩=何もしなくても何とかなる、などなど。ツアーメンバーの誰がどれに当たったかで大いに盛り上がり、互いの一年の功を労いつつ(?)、行く年来る年を祝し我々はまたお決まりのポーズを取ったのでありました・・・。

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グトゥ
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チベットのソバ粉をうった年越しソバ


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グトゥについて達人(奥)解説中
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懲りずにポーズ

初日とともにシュクセ尼寺へ詣でる

2010年の幕開けはラサ郊外にある霊場、シュクセ尼寺へ初詣。9:20AM頃、山から顔をのぞかせた太陽を拝み、いい年になるように祈りながら各々カメラのシャッターを切る。(お参りはお寺でもしているのでお許しいただける、はずである)

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初日の出を拝む
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目指すは山の頂にあるシュクセ尼寺へ!

ラサから走ること約2時間。ハイキングのスタート地点である駐車場から約2kmの急坂を尼寺目指して登っていく。駐車場で既に標高4,000m近くあり、目指す尼寺は約4,300mである。酸素が薄い!そんな私達を尻目に地元の方やお坊様、チベット人化している達人はすいすい登っていく。バッチリ高所順応している彼らなら30分~1時間で登る行程といわれているが、私達は無理せず約2時間かけてゆっくり登っていった。そんなゆるゆるペースでも正直きつく、高所にいることを痛感する。

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シュクセ尼寺

しかし、この頃には何か突拍子もないことを言うと全て「チベット病」と診断され、相手への最大の賛辞は「チベット病ですね」と言うことなのではないかと錯覚する程に、私達はチベット病かつチベット・ハイになっており、パーティーのどこかで大爆笑が起こっているような(ある種異様な)高揚感が全体を包んでいた。
そうやって助け合いながら(?)薄い酸素の中、全員で辿りついたシュクセ尼寺。急坂を上りきり、尼寺の門が目の前に飛び込んできたとき、皆が口々に歓声をあげていた。山の斜面に建つ僧坊。後方に迫る雪化粧をした山。そして何より澄みきった美味しい空気。さっきまでの大爆笑が嘘のように、皆が言葉少なく空を仰ぎ、静けさが山を包んでいた。


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シュクセ尼寺での食事風景
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上:野菜炒め 下:ショゴ

シュクセ尼寺に到着してすぐ、尼さんが作ってくださった食事をいただいた。もちろん精進料理である。私は高所反応が出てショゴ(じゃがいも)しか喉を通らなかったが、皆さんは「美味しい!美味しい!!」と言いながら召し上がっており、数名はお代わりまでされていた。素晴らしい・・・。社内でよく食いしん坊だと私は揶揄されるが、謹んでその名を返上させていただきたいとこの時本気で思っていた。

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斜面にはたくさんの僧坊が

シュクセ尼寺は聖山を前に開かれた修行場であるだけでなく、「チュウ」と呼ばれる非常に厳しい精神修行が行われている寺としても有名だ。「チュウ」の修行とは、鳥葬場など魑魅魍魎が集まる場所へ行き、自分を切り刻んで彼の者に捧げる瞑想を行うもので、その過酷さからラマ(師)の指導なしでは許されない修行とされている。そんな厳しい修行が近辺で行われているとはにわかに信じがたい程、尼寺の周囲は落ち着いた静寂を漂わせていた。

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尼に祈祷のお願いをする

お寺を参拝させていただたい後、希望者は達人の通訳を介し、尼に祈祷をお願いすることができた。祈祷願いを受けつけた後、尼が経文の描かれた包みに入った丸薬を人数分わたしてくれる。「マニ・リルプ」と類似したこの丸薬は、真言がこめられ、シュクセ尼寺の近くに湧く聖水を混ぜて作ったものらしい。皆様の願いがどうか届き叶いますように・・・。

さて余談だが、駐在員のブログで紹介されていた「ペーラモ祭」の主旨があまりにも面白かったので、シュクセ尼寺へ向かう途中、女神様を称え、ツアーに参加されている女性の皆様のご協力を得ながら祭の再現を試みようとした。「勝手に祭りの日を改ざんするとバチが当たるんやぞー」という達人の声を一笑し、余裕綽綽で話を一端終了し、歩をすすめた時のこと。なんと、突然気管支炎の発作に襲われ、あまりの苦しさに私はしばらくその場に立ち尽くしてしまったのだ。発作が落ち着くまで心の中で「申し訳ありません!!!ただの冗談です!ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し念じたのは言うまでもない。
にわかに信じがたいが、発作が出たのはラサ滞在中あの時だけ。ということは・・・???霊山、おそるべし・・・。(本気で怖かったので、皆さん真似はやめましょう)

旅のお供に「チベット病」

とても全容はご紹介できなかったが、少しは誰でも参加可能な、でも少し変わったコースの雰囲気を感じていただけただろうか。個人的にはここで紹介できなかったルカン寺の「ゾクチェン」の壁画に大興奮したので、そのエピソードもご紹介したかったが、あまりにマニアックなのでここでは割愛させていただく。もし気になった方がいらっしゃれば、ぜひご自分の目で確かめにいっていただきたいと思う。

おそらく今回ご一緒した皆様は一笑に付されるだろうが、正直なところ、今回のツアーに同行させていただくまで私はチベット病にはかかっていないと思っていた。お客様とご一緒しながらその熱意に感心し共感しつつ、どこかで冷めているつもりでいた。しかし最近、どうも自分にも感染症状が出ているらしい。弊社入社以来ずっと一緒に仕事をしている前出のN村によると、それもかなり重症の域にある、らしい。複雑な心境ではあるが、チベット病になって、皆さんとの旅がより楽しめるなら、それもまた一興だと思っている。

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チベット中に灯る 祈りの灯明

最後に、全国のチベット病のみなさま、ありがとうございました。またご一緒しましょう!
そして、世界中のチベット病予備軍のみなさま、いらっしゃいませ。
今回は若干マニアックな紹介となってしまいましたが、普通に訪れても十分面白い土地、ラサ。その不思議で、クセになる、魅惑の世界をご自身の肌で感じていただければ幸いです。


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