モンゴル草原のくすり塾(8月5~12日)の開講レポート第一回目です。参考までに、滞在した風の旅行社直営ロッジ「そらのいえ」は緯度にして北海道の宗谷岬と同じくらい、標高は約1700mに位置しています。
首都ウランバートルから車に揺られること約10時間、「そらのいえ」に到着すると、さっそく周辺をみんなで散策した。すると真っ先にフウロソウ(和名)が目にとまった。日本では標高1000m付近に生える高山植物の代表格である。チベット語ではガドゥルと呼ばれ、その太くて赤い根が薬に用いられる。ヒマラヤ薬草実習では鍬で根を掘り取ったものだったが、モンゴルではむやみに土を掘ることは禁忌とされていると、日本語ガイドのチンギスさんが教えてくれた。理由はいくつか考えられ、一つにモンゴルの草原は肥沃ではないので遊牧のための牧草を優先するから。したがって農業は他の国ほどには推奨されない。モンゴルの伝統的な靴の先端が丸まって上を向いているのは土を蹴らないためだというから大地への敬意が徹底している。おそらく薬を作るためならば根を掘ることは許されるだろうが、郷に入らば郷に従え、初モンゴルの今回は、くすり塾の象徴でもあるスコップ(注1)をスーツケースの中に封印した。
敷地から少し離れたところでイラクサ(和名)を見つけた。チンギスさんが「モンゴルでは○○といい、食材に用います」と教えてくれたが○○を思い出せない。(医学の専門家ではなく)一般のモンゴル人は草木に関して、日本人ほどに一つ一つ名前を付けて分類する文化がない(注2)。ただし、生活に根差したものは必然的に名前が与えられ、その一つが栄養価の高い○○なのである。触るとチクリと痛み水胞ができてしまうことからチベットでは古来より体罰の象徴として存在してきた(第17話)、とチンギスさんに言ったら「モンゴルでは相撲をとるときに地面に敷きつめることがあります。すると必死に頑張るんです」と教えてくれた。モンゴル人が大相撲で活躍できる理由がわかった気がした。余談ではあるがチンギスさんと旭鷲山は幼馴染である。
そらのいえでは、僕たちが到着する数日前からスタッフがお灸の原料となるウスユキソウ(和名 第18話)、いわゆるエーデルワイスを草原でいっぱい採取し乾燥してくれていた。モンゴル医学ではタリン・ツァガン・トールと長い正式名があるが、遊牧民は○○○○灸のことですねと親しみを込めて呼んでいた。すいません、やはり名前を思い出せません。さっそく参加者のお一人のツボ・合谷(人差し指と親指の付け根あたり)にお灸をしてみた。モンゴルの気候のおかげで乾燥状態が素晴らしく、よく燃える。そらのいえにはまだ乾燥エーデルワイスが残っているので(8月12日現在)、ぜひ、お灸を試してみてほしい。胃の調子が悪ければ臍の下の丹田のあたりに。頭痛など気分が優れなければ合谷に。足が重ければ松尾芭蕉と同じく足三里に。ただし熱いのをギリギリまで我慢しないこと。
「あっ、見つけた―!」と参加者のAさんが歓声をあげた。屈んだその視線の先には可憐な紫色の花が咲いている。高山植物のなかでもマツムシソウが大、大好きという彼女は、成田空港の出発時から「マツムシソウに会いたいんです」と意気込みを語っていた。チベット名はパンツィトポといい、そういえば第5話ですでに紹介していたのを思い出した。読み返してみると15年前の自分もパンツィトポ(注3)に出会って大喜びしていたではないか。2004年のあのとき、大喜びしている僕を見て「小川さん、風の旅行社で薬草ツアーをやりませんか」と(偶然バスで一緒になって、たまたま一緒にお寺を巡っていた)風の社員が声をかけてくれたのがすべての物語のはじまりであり、だから、いま、このモンゴルツアーがある。あれから15年。マツムシソウに出会うのも15年ぶりかもしれない。「草を楽しむ」。この無邪気な初心をちょっと忘れかけていることをマツムシソウは気が付かせてくれた。 “バイルラー(ありがとう)”。
続く
注1
薬草を観察するだけではなく、草を薬と為すための身体性の象徴として“小さなスコップ”を位置づけている。
注2
一つ一つの草木に名前を与えて精密に分類する(近年の)日本人のほうが世界的に見れば特殊ではないかと僕は思う。
注3
マツムシソウのモンゴル名はトソン・トールマ。ウランバートルで訪問した医学院の薬草学者さんが教えてくれた。日本では長野県、御嶽山の山麓でマツムシソウの群落に出会ったことがある。チベット医学では「熱病の薬草七姉妹の一つ」とされ、熱病に効果があるとしている。
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