黄色い蓮(はす)とかいて黄蓮(オウレン)という。高さは20㎝ほどで、キハダ(第174話)と同じく黄色いベルベリン(注1)を細い根に含有し、その苦味はキハダをも凌ぐ。歴史は古く奈良時代より貴重な薬草として大切にされ延喜式(972年)にも記載されている。特に加賀(石川県)オウレンは良質として有名だった。適度な日蔭と湿地を好むことから栽培は難しい。森の手入れがされないため下草が育ちにくくなり(第225話)、自生のオウレンは激減した。しかもキハダは一本で大量の薬を作れるがオウレンはそうはいかない。だからこそ森のなかでもっとも貴重な薬草であると認定してもかまわないだろう。しかしながら、葉も花も全体の姿も極めて地味で、周囲の草との見分けがつかないために、「あっ、オウレンだ」と山で見つけるのは至難の業である。
そんなオウレンの大群落の土手を眼の前にして、東秩父村の(とある)おやじさんは「小川さん、この草は何かの役に立ちますかいのー? もうすぐこの土手を崩して遊歩道を作ろうと思っとるんです」と呑気に尋ねた。それは演劇の台詞のように素晴らしく呑気だったのを覚えている。僕が「あの……、とっても貴重な薬草で漢方薬の原料になりますよ(注2)」と答えると、「ええー、ほんまですか」と絵にかいたような「!!」コーテーションマークの台詞が響いた。なぜ、ここにオウレンの大群落があるのか、おやじさんは心当たりがないらしい。よほど気候と土が適合しているのだろう。いずれにしても、この何気ない会話がきっかけで風カルチャークラブのワークショップがはじまったのである。もちろんオウレンの土手はいまも大切に残されている。ちなみにオウレンはチベット語でニャンツィテというが、ヒマラヤ周辺では自生しないためメンツィカンではそれほど汎用される生薬ではない。
そうして実現したワークショップ中のこと。オウレンの根をスコップで掘り取り、参加者のみなさんが強烈な苦味で盛り上がっているところに、たまたま地元の古老が訪れた。「オウレンですか。懐かしいですねー。小さい頃、冬の農閑期になると働かされたもんですよ」と思わぬ発言が僕の耳に飛び込んできた。おやじさんも「え? ここで生まれ育ったけれど知らなかったよ」と驚いている。ずうずうしく「もう少し、詳しくお話をきかせていただけません」とお願いすると、80歳くらいの御婦人は「辛い思い出しかないけれど」と前置きをしたうえで語ってくれた。かつて東秩父村の一集落ではオウレンの栽培が行われていた。農作業が一段落した秋に根を掘り取り、川で洗って、ひげ根を燃やして、乾燥して出荷する。「細かな作業のうえに冬は手がかじかんで大変だった。どんなに頑張っても、最後はこれっぽっちの分量しか残らなくて辛かったわ」と懐かしんだ。「儲かりましたか?」という僕の不躾な質問には「たぶん大した利益にはならなかったわ」と笑ってくれた。記憶はあいまいだが40年ほど前、昭和50年ころに栽培は終わったようだ。昭和46年の薬事法改正ならびに昭和51年のGMP基準制定によって薬草の製造、売買は厳しく制限されたためではないかと推察できる(第184話)。こうして古老のおかげで、東秩父にはオウレンの歴史が流れていたことを知り、土手のオウレン群落にようやく納得がいったのである。
オウレン根
とはいえ、このオウレンを製薬会社に買い取ってもらうとなると話はまったく別である。古老の言葉を重複するようだが、厳しい製品規格が定められている日本社会において、栽培の苦労に見合うだけの利益を生みだすのは難しい。それでも、いざというとき、たとえば大災害がおこって抗生物質など現代薬が手に入らなくなったならば、オウレンは大活躍することは間違いない。そんな大自然の救急箱が、都内から比較的近くにあったら安心だ。なにしろ市販品と違って使用期限がなく、いつもそこに生えていてくれる。だからこそ、オウレンが育つ森を育てるとともに、いざというときオウレンを自分で見つけ、活用できる能力を身につけておきたいものだ。
話は変わって、つい先日、石川県の白山山麓に出かけて小さな神社にお参りをしたとき神社の横の土手に関心が向いた。それはロマンチックに喩えるなら、向こうから関心を僕に向けてきた不思議な感覚だった。お参りもそこそこに横に回りこむと、なんとオウレンが群生していたのである。さすが加賀はオウレンの本場だ。森のなかで薬草と通じ合う感覚。僕はやっとオウレンを「知る」ことができたようだ。
上田の森のくすり塾の敷地内には一株だけオウレンが生えています。もちろん看板なんて立てていません。ぜひ、オウレンを探し当ててみてください。
注1
ベルベリンは抗菌作用、血圧下降作用、抗炎症作用、止血作用、止瀉作用、緩下作用を示す。 『生薬学 第3版』(廣川出版 1980)
注2
黄蓮解毒湯、三黄瀉心湯、女神湯などの漢方薬に配合されている。
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