森のなかで下見をしていると竹節人参(チクセツニンジン)を10株ほど見つけた。3年ものだろうか。竹節人参は朝鮮人参と地上部がほとんど同じだが、根っこは竹の根のように節があることから竹節と呼ばれる。昔から解熱や鎮咳の薬として珍重され単価は朝鮮人参よりも高い。「一キロあたり5000円もする竹節人参をこの森のなかで探して見つけてもらいます。ただし見つけても声は出さないで私に目で合図を送ってください。発見したら合格です。」と薬草ワークショップの参加者12名に告げると、各自、森のなかに散ってもらった。場所は信州の佐久市内の知人が所有する、とある森。ときは2015年6月。
値段には好奇心を確実に引き出す魔力があるようだ。竹節人参とはなんなのか、まだピンとこないにも関わらず、森のなかには妙な緊張感が漂っている。みんな一定の距離を保ったまま地上の草をじっと見据える。最初はどの草も同じに映り「緑」にしか見えないという。はじめのうちはマムシグサ(第43話)の幼草と間違える例が多かった。こうして間違えているうちに緑にもいろんな緑があることを知り、一つ一つ区別がついてくる。最初に見つけた参加者(彼が主催者だったのだが)が興奮して「あった!」と叫んでしまい、参加者にはさらなる緊張が生まれた。30分近くは経過しただろうか、ようやく最後の一人が発見できてゲームは終了した。
せっかくなので3本だけ掘り取って記念に焼酎につけることにした。みんなが見守る中、小さなスコップで根を掘り起こす。ところが……である。根に節がない。たまたまかなと思い、もう一つ掘ってみる。やはり節がない。匂いを嗅いでみる。もしかしてという仮説が浮かびつつ、もう一つ掘って疑問は確信に変わった。なんと、天然の朝鮮人参だったのである。そういえば500mほど離れたところに朝鮮人参の畑がある。たぶん、鳥が種を食べて未消化の種を落とし、土壌や湿度など条件が整い、ほどよい木陰の下で奇跡的に発芽したのだろう。この希少性と奇跡度を数式に置き換えるとこうなる。
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自生の朝鮮人参
歴史は八代将軍徳川吉宗にまで遡る。朝鮮と中国からの薬草輸入によって赤字になりつつあった財政を立て直すべく薬草の国産化を試みた。その主要品目が朝鮮人参である。当時、労咳(結核)などに効く奇跡の薬として重宝され娘一人と交換されるほどだったという。1730年、吉宗は250の諸藩に朝鮮人参の種を配って栽培を試みさせた。別名が御種人参とも呼ばれる由縁である。成功したのは会津、出雲、東信州など数藩だけであったという。あれから300年。農業技術が発達した現在においても相変わらず朝鮮人参の発芽、栽培は難しい。黒いネットで覆い、ほどよい日蔭と風通しを作ることでようやく発芽してくれる。その後も5年ごとの土壌殺菌が欠かせない。そうしてようやく5年、6年経過すると直径3センチ、長さ30センチほどの根が出荷できる。滋養強壮、去痰に優れた有効成分は分子構造的にサポニンと呼ばれる。シャボンのように泡立つことに由来し、事実、根を洗っているとよく泡立つ。これは水にも油にも溶ける両面活性がありアルコールにいちばんよく溶ける。つまり朝鮮人参が焼酎に浸かっているのは極めて理にかなっているのである。
ただしここ東信州では、焼酎浸けはただの飾り物になってしまい、服用されている気配はまったくない。若い世代にいたっては「えっ、これ飲むんですか?」と、そもそも薬として認識していない。そこで実用的な活用法として、細かく刻んだ生姜と朝鮮人参を蜂蜜に浸けこんでみてほしい。苦味が緩和されて飲みやすくなるしサポニンもしっかり蜂蜜に溶けだしてくれる。この冬、妻の頑固な咳に処方したらけっこう効いた。もしくは水飴、生姜、山椒と朝鮮人参を配合して煎じれば、手づくりの大建中湯(注)の出来上がりである。ちなみにチベットには朝鮮人参は生育していないが、中国読み「ジンセン」の名で知られている。
さて、興奮さめやらぬワークショップ。最後に朝鮮人参の根っこの土を丁寧に洗い流すと、今日の記念にホワイトリカーに浸けこんだ。この木陰の感じ、この気候の感じ。この土壌の感触を覚えておいてほしい。これが朝鮮人参が生育する希少な条件である。さて、さて、つい先日、あの3年前の焼酎浸けについて主宰者に尋ねたところ、「いまも大切に飾ってあります」と返事が返ってきた。「飾りじゃないのよ朝鮮人参は (by徳川吉宗&中森明菜)」。
今度、みんなで飲んで元気モリモリになりましょう。
注
大建中湯は虚弱性、老人性の胃弱の患者に処方される。盲腸など開腹手術の後にはイレウス(腸管癒着)を防ぐために必ず処方される。原材料全てが食品扱いなので、医師、薬剤師でなくても原料を調達して作ることが可能。配合比率など詳しくはインターネットで検索してほしい。
補足
竹節人参は地上部の葉がトチノキに似ていることから別名トチバ(栃葉)人参とも呼ばれる。朝鮮人参には御種人参、高麗人参、薬用人参などの別名がある。上田、佐久、小諸地方では夏から冬にかけてスーパーの野菜売り場には朝鮮人参がたまに並ぶ。2,3年ものは天ぷら用に。6年物の小物で2000円。大振りなら3000円くらいで購入できる。
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