第208回 チェカ ~半薬半X~

tibet_ogawa208_1くすり塾

●半薬半哲
 もう3年も前になるが都内で「薬草哲学カフェ」を開催した。しかも本物の哲学者とのガチンコ対談である。先生のテーマはデカルト。僕のテーマは「薬のごちそうさま」。デカルトと薬草。うーん、話が噛み合う保証はないが、まあ、やってみようとふたを開けたら、なんと会場の喫茶店には23名もの参加者が詰めかけて満席になった。話はデカルトの「我思うゆえにわれあり」の我の思想と、五元素を基本とした関係性に重きを置くチベット的な思想との違いはともかく、そもそも、きちんとレジュメを基本に話を進める哲学の先生と、思いつくままに、参加者の反応をみながら進めようとする僕の姿勢の違いがいちばん際立っていたようだ。そして、思想も姿勢もまったく噛み合わない対談そのものが、参加者からは「東西の思想の違いが分かって面白かったです」と複雑なお褒めの言葉をいただくことができた。こうしてまったく違う分野の専門家と対談すると、未知なる化学反応が起こることがある。なによりも2人でやると、そこに協調であれ対立であれ、対話の流れが必ず生まれる。その対話を核として広がりが生まれ、新たな視点が生まれる。最近のブーム半農半Xならぬ半薬半Xとでもいおうか。

tibet_ogawa208_4長野・小諸薬草巡礼』でも染色をしました

●半薬半染
2年前、京都在住の染色家、青木正明さんと一緒に小学生のジュニア・サイエンスの授業を受け持った。草木染めには病気予防の意味合いもあったから、この2つはそもそも掛け合わせやすい。また、19世紀半ばイギリスにおいてマラリア薬の研究中に合成された化合物の紫色にヒントを得て化学染料が発展し、そして天然染料が急速に衰退したという因縁がある。青木さんは僕が長野の山から持参したキハダを用いて染色を指導し、僕はキハダからの製薬を実演した。さらに大学生を対象に二人で化学の講義を行った。お互いに天然物を専門としつつも化学(ケミカル)を基本にしている点が意気投合した理由である。

tibet_ogawa208_3これはアカネ染め

●半薬半美
 現代アート研究家ロジャー・マクドナルドさんとのコラボレーション、半薬半美も楽しかった。そもそもアート(芸術)というと日本では絵や音楽、ダンスなどを指すが、リベラル・アーツ(一般教養)の英単語が示すように、西欧では一般教養もアートの一分野とされている。そこで、日本人のアートの意識を広げるために薬学を専門とする僕が呼ばれたのである。まず、都会からの参加者には森のなかで静かに五感を研ぎ澄ましてもらった。そして、信州の森のなかに自生している竹節人参を各自で見つける課題を与えた。声を出さず、発見してもけっして声に出さずに目の合図だけで僕に知らせるというルールだ。すごい緊張感が森にみなぎった。この営みは芸術であり、薬学であり、森林学であり、そして医学だと僕は考えている。

tibet_ogawa208_2半薬半美

●半医半僧
 チベット医(アムチ)は一人二役をこなす半医半Xであることが多い。たとえばラダックの伝統医は半医半牧の形態を活かし、放牧の帰り路に薬草を採取している(第20話)。半農半医のアムチも地方にはまだまだ多数いる。他にはXとして暦法学が挙げられ、これがメンツィカンの起源(1916年)となった。近年では西洋医学も効果的なXとなっている。1959年以前には半医半僧が多かったことから、たまたまこの形態が世界的に有名になってしまった。けっして「アムチといえば僧侶」なわけではない。Xがなんであれ本業の医薬の魅力を高めることにチベット医学的な半Xの意義がある。5+5=10の足し算ではなく5×5=25に発展する可能性を秘めているからだ。ちなみにチベット語で半分はチェカという。


●半薬半プロレス
定期的に薬房で開催している「くすり塾」も半薬半Xの勉強会である。Xは参加者のみなさんの専門分野だ。たとえば建築、教育、サッカー、仏教、織り、歌などなど。講座は少人数の8人を定員としているので一人一人のXと掛け合わせると半薬半8Xということになろうか。そして、どんなXの人が来ても「くすり」と掛け合わせることができるように、僕自身、日々の学問の研鑽を怠らないようにしている。たとえば「プロレスが好きなんです」という若者が参加してくれたことがあった。とっさに「薬草採取に森へ入るとき、熊と出会うのが怖いのでボディーガードとしてついてきてください」と答えてみんなの笑いを誘った。でも、さすがに熊には勝てないか(笑)。


~案内~
11月6日(日)は前橋の美術館「アーツ前橋」で半薬半美の講演をします。
トーク「薬草茶カフェ」


11月13日(日)はくすり塾を開催します。 
主なテーマは「くすりと国際理解
申し込み、問い合わせは森のくすり塾まで。



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