第196回 ツック  ~韓国の薬草文化~

tibet_ogawa196_01スーパーサイエンス

  
 スポーツや音楽と同じように、薬草をとおして国際理解を深めたい。そんな目的を掲げ、スーパーサイエンスハイスクール(注1)において薬学の授業を4日間受けもった。舞台は奈良女子大学付属高校。学生は日本、台湾、韓国、シンガポールから選抜された15~17歳の高校生たち。物理や生物、数学など魅力的な科目が並ぶなかで、17名の生徒たちが僕の「薬学」を選択してくれた。多国籍の学生たちに教えるのが初めてなら、英語で授業をするのもはじめての経験だ。初めてづくしの講師がドキドキしながらの講座は、きっと生徒たちにもドキドキが伝わっていたことだろう。

tibet_ogawa196_03講義をする筆者

授業の一日目には自家製の葛根湯を作るワークショップを行った。奈良の特産物である葛根の製造工場を見学し、葛根湯の原料である七種類の薬草を薬草園のなかで探しまわり、そして、身近なお店で購入可能な葛粉、シナモン、ナツメ、生姜、甘草、茶葉(麻黄の代わり)をブレンドして自家製の葛根湯ブレンドを作ってみた(注2)。

tibet_ogawa196_02葛根

4日間の講座を通してなによりも印象に残ったのは、韓国学生の薬草に対するレベルの高さだった。「えっ、葛根って日本では普通に食べないんですか?」という韓国学生の純粋な驚きが忘れられない。さらに「えっ、しかも、日本人は葛の薬効成分の黒い部分をわざわざ捨てて、白い粉(葛粉)だけにするなんて信じられない(注3)」という彼らの嘆きも付け加えておきたい。異国の学生たちとともに学ぶことで、彼らもはじめて薬草文化の違いに気がついたようだ。韓国では葛根(韓国語でツック)をそのまま絞った健康飲料が普通に流通しているという。また、サムゲタンという有名な韓国料理に用いられている。
いっぽうの日本では葛はすっかり邪魔者扱いされている。もともと葛は日本ではどこにでも生える蔓性の植物で、根に豊富な澱粉を含むがゆえに生命力がとても強い。戦前までは葛葉は家畜の餌として、また、葛の繊維からは葛布が織られ、葛根は葛根湯の原料として用いられていた。葛根から精製される葛粉は和菓子に用いられてきた。しかし、近年、葛粉は生産効率が悪いがゆえにバレイショ澱粉に取って代わられている。葛布もきわめて効率が悪いために化学繊維の便利さに敵うものではない。そして、昭和46年の四六通知(第184話)によって葛根は医薬品に指定されたために、一般民衆が自由に売り買いすることは禁止され、その状況はいまも続いている(韓国では子どもですら愛飲しているというのに……)。人間との関わりがあるうちは、葛の生命力は頼もしい味方だが、関わりが薄れれば、転じて厄介者になってしまう。森の樹木に絡みついて枯れさせるためだ。葛は捨てるところがない生活必需品だった戦前から、わずか50年のあいだに、日本ではただの厄介者に落ちぶれてしまったのである。葛だけに限らず、韓国の薬草が成分的に優れているわけではない。しかし、薬草を用いる人々の営みは日本とは大きく異なっている。きっと、いま、このとき、韓国国内では葛根を掘っている人たちが数名はいることだろう。その事実がこれからの薬草文化を支えていくような気がしている。

tibet_ogawa196_04薬草園

 二日目にはキハダの濃縮エキス(第174話)を作り、みんなで、ちょっとだけ舐めてみた。「苦―――い」と叫ぶシンガポールや日本学生の隣で、「えっ、普通の味だよ」と涼しい顔をしている韓国学生たち。苦味に対する感覚がすっかり大人びているようだ。薬の文化は3~5世紀頃、朝鮮半島から日本に伝わったとされているが、その歴史を現代の韓国の学生たちから感じとることができる。講師の僕も舐めてみた。やっぱり僕も日本人だから「苦―――い!」。

韓国をはじめ、シンガポール、台湾、日本の学生諸君。先生(僕)はたいへん勉強になりました。4日間、ほんとうに楽しかったよ。カムシダ、シェイシェイ、サンキュー、そして、ありがとう。

注1
スーパーサイエンス・ハイスクールは科学技術庁から指定を受けた全国204(平成26年度)の高校で開催されている。ちなみに、遡ること半年前、教育学会において「親子で薬草教室(風の旅行社主催)」を発表したことがきっかけで講師としてお呼びがかかった。

注2
麻黄(第5話)は医薬品なので使用不可。代わりに、麻黄と同じく交感神経を興奮させるカフェインを含む茶葉で代用できる。葛根湯ブレンドは薬草茶講座で体験できます。

注3
葛根を刻むと切り口が空気に触れてたちまち黒変するので、酸化しないように冷水でさらす。これを乾燥させると漢方薬原料としての葛根の完成である。葛根は漢方で解熱、鎮痙を目的に用いられる。さらに一週間かけて黒い苦味成分を洗い流すと真っ白な葛粉ができる。葛粉は食品で葛根は医薬品である。

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