第257回 メツァ ~お灸~

お灸のツボお灸のツボ

チベットでお灸(メツァ)は盛んである。それはチベット高原においてお灸の原料ウスユキソウ(第18話)が身近で手に入りやすいという理由とともに、チベット医が自ら採取し調整できるからだろう。消化不良には鳩尾(みぞおち)から二寸下方にある胃のツボに、気が落ち着かないときは首の後ろの背骨の一番や、乳頭の中間にある壇中に処方する。また特殊な例として金鍼療法がある。ルン(気)が乱れている患者の頭頂に金鍼を指し、その上に丸めたモグサに火をつけるのだが熟練の技を必要とする。お灸を終えた後には患者に七歩、歩いてもらうのはお灸で緩んだ身体を引き締めるためである。生理学的な意義はさておき、少なくとも「治療を受けました」という意識を高め、術後の養生に違いが生まれるのではと僕は分析している。とはいえチベット式のお灸は熱さを我慢することで病を消し去るとする風潮があるために、ソフトなお灸に慣れている日本人にはあまりお勧めできない。

金鍼療法金鍼療法

そこでホルギ(モンゴルの)メツァ(お灸)、通称ホルメを紹介したい。もともとは熱したバターにウール(羊毛)を浸してツボに当てるモンゴルの療法に由来している。それが現代メンツィカンではインド産の薬草をガーゼで包み、熱した油のなかに浸してツボに当てる温油薬草湿布へと変化した。まずナツメグ粉とウイキョウとクローブを当分量で配合しガーゼで包む。ナツメグを浸しておいた油(大豆、菜種油など)を熱してガーゼを浸す。ほどよく熱くなったら頭頂、こめかみ、後頭部の髪の生え際、首の後ろ背骨突起部分、壇中、手のひら、足の裏、これら七箇所にグッと押し当てる。特にナツメグの鎮静効果によって心が落ち着くことが期待できる。是非、各自でハーブを購入して自作してみてほしい。

ホルメの施術 メンツィカンホルメの施術 メンツィカン

もうひとつモグサスティックがある。縄文式火起こしのごとく雄と雌の木を激しくすり合わせて熱を産みだし、患者のツボにあてる療法である。それは驚くほど熱くなるために、ほどよく熱を冷ましてから患者のツボに当てるのが医師の経験の技である。もともと四部医典に記載はなく、その源流はわからないが、メンツィカンではペマ・ドジェ先生が1980年代から患者に用いることで有名になった経緯がある。モグサスティックは鞄のなかにいれて携帯していればどこでも施術可能なことが利点である。つまり、いざというとき、まず「なにか」を患者に施すことができるのである。原材料となる木はチベット語でセンデン(ネコノチチ属)という木が最良とされるが、たぶん熱が冷めにくいのだろう。僕は薬房の建設に際して余った杉、ヒノキ、クルミ、ケヤキの木片を使って製作してみた。どれも熱くなったので、ぜひ、みなさんも自作してみてほしい。

モグサスティックモグサスティック

ただし僕はメツァ、ホルメ、モグサスティックの体験会、製作実習は行っているが治療としての施術は行っていない。クニェの話(第251話)でも述べたが、日本の鍼灸学校では三年に及ぶ専門的な学びがあり国家資格として管理されているので、治療行為は日本の鍼灸師にお任せしたい。その代わりといってはなんだが僕の得意分野は「お喋り」であり、またモグサの原料となるヨモギの調達である。森のくすり塾の周囲には農薬や排気ガスとは無縁の健康的なヨモギが豊富に生えている。それらヨモギを採取し、乾燥し、石臼で細かくする。これだけで十分にキメの細かいモグサが完成する。作りたてのモグサはお香としての価値もある。ヨモギは標高が高くなるにつれて香気成分シネオールを豊富に含むことから、標高700m付近はほどよい強さではないかと推察している。そうでなくても「高地風味、低地風味、どちらがお好みですか」と採取した標高ごとにモグサを使い分けてみたら面白い。たとえば岐阜県出身の患者さんには岐阜産のヨモギが身体に合うかもしれないし、話題が盛り上がるだろう。旅行のついでに各地のヨモギを採取してみてはいかがだろうか。

チベットのクニェ、お灸、ホルメ、これらの施術は日本では耳に心地いい効果効能ばかり宣伝されがちだけれども、少なくともチベット社会では素朴な治療法として根付いているし、日本でもそうあってほしいと僕は願っている(第205話)。余談になりますが、森のくすり塾ではモグサは施術よりもお香よりも、ハチの巣撤去の際に薫煙として大活躍しています。蜂たちもモグサのいい香りに癒されて……なわけはないか。

参考文献
『もぐさのはなし』(織田隆三 森ノ宮医療学園出版部 2001)



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