メンツィカンで寮生活を送っていた2002年のときのこと。毎日、夕方4時半ころになると、ルームメイトのジグメ(第2話)は必ず、ラジオのスイッチを入れる。20×30センチもある黒くて大きなラジオはかなり旧式だけれど、僧侶のジグメに大切に扱われると、その大きさがむしろ有難い重々しさに感じられるから不思議なものだ。これからの1時間は、部屋で余計なことを喋ると「シッ!」と黙らされてしまうので、部屋の外に出るよりほかに手段はなかった。ジグメが楽しみにしているチベット語の番組『ラジオ・フリー・アジア』はアメリカのワシントンから短波に乗って届けられる。英語を話せない彼にとってチベット語でのラジオ番組は、最近の国際情勢を知るための貴重なツールなのである。
番組が終わると、それまでの厳しい表情が嘘のように消え去る。そしてすぐさま、ラジオで得た情報を話したくて仕方がないように口元をムズムズさせながら僕を探し出す。「オガワ、また中国政府が日本に難癖をつけているようだぞ」 在学中、靖国参拝問題や、反日運動など日本に関する情報は、こうしてワシントンからジグメ経由で僕の耳に届いていた。そして同時に、僕に日本人としての意見を求めてくる。うっかり適当なことを発言してしまうと、それが日本人代表の意見として学内に広まってしまうので、慎重に言葉を選んでいたものだった。
僕はもともとそれほどラジオに親しんできたわけではなく、『オールナイトニッポン』に夢中になった同級生の話を他人事のように聞き流していた。それが24歳、高原野菜農場でアルバイトをしたとき、はじめてラジオと深く触れ合うことになる。収穫や定植など単調な作業に飽きがこないようにいつもラジオ番組が畑やビニールハウスに流れていたのである。思いもかけず自分の好きな曲が流れてくると疲れが癒されたものだった。ラジオのいいところは、こうした「思いもかけない」ところにあると思う。
そして2007年2月5日には京都KSBラジオにゲスト出演する機会が訪れた。
「今日の“音めぐり人めぐり”はチベット医学大学の小川康さんをお迎えしてお話をうかがってきました。ほんと、あっという間に1時間が過ぎてしまいましたね。それで、最後に小川さんのリクエスト曲ですが、えー・・・、メリーさんの・・・羊・・・(DJ絶句)」
「はい、こんなふざけた曲ですいません。でも僕は今日語ったようなチベット医学の長所をメリーさんの羊のように、さりげなく、肩肘張ることなく伝えていきたいと思っているんです。その願いを込めて、どうぞみなさんお聴きください」
そして京都のみならず関西全域の電波にのせて『メリーさんの羊』が流れてしまったが、この思いもかけない選曲に癒されたリスナーは果たして何人いただろうか。
小諸の自宅にはテレビを置いていないので、情報や音楽の主役はラジオだ。夕食を食べながら、7時のNHKラジオに耳を傾けていると、いま話題の映画『オールウェイズ』の時代(昭和30年代)にタイムスリップしたかのような郷愁に包まれて、これはこれで雰囲気がいい。
最近のお気に入りは土曜日の朝8時に流れている『NHKラジオ文芸館』だ。短編小説の朗読に耳を傾けていると、眼で読むのとはまた違った引き込まれ方がある。本で読むと自分のペースでさっと斜めに速読してしまうが、朗読では一語一語丁寧に耳を傾けなくてはならない。せっかちな僕にとっては朗読の方がいいかもしれない。
そういえば、小さいころ、おばあちゃんのおとぎ話はいつも布団の中での語りだった。大人になってからはすっかりこうした時間が少なくなったことに気が付かされる。
語りだからこそ湧いてくるイメージがある。そのゆっくりとした間に、物語の光景が浮かんでくる。登場人物と同じ速度で感じ、同じ時間の流れで共感できていく……
などと、テレビ無しの生活を美しく語ると近所の食堂の店主が大笑いすることだろう。なぜならNHKニュースが始まる夜の7時に決まったようにやってきては、かぶりつくようにテレビを見ていたからだ。「小川さん、いいかげん、テレビ視聴料を徴収しますよ」とよく店主にからかわれていた。結婚後は食堂にあまり行かなくなったが、その代わり都内にある妻の実家に滞在中はまるでテレビに初めて触れる子供のように夢中になって見てしまい、妻にすっかり呆れられている。たまにテレビを見ると、世の中にはこんな面白いものがあるのかと感動する。テレビっていいなあ。
でも、だからこそ普段はラジオで我慢しておかなければと自分を戒めているところである。ちなみに、ジグメは今ではラジオを卒業しテレビを楽しんでいるようだ。
小川さんの講座・旅行・イベント情報
【講座】
4/21(土)22(日)・6/30(土)7/1(日) my薬草茶
【旅行】
【イベント】
「チベット医が氷見はとむぎに目を付けた!」
(内容) 氷見特産のハトムギをベースに、My薬草茶作りに挑戦します
(日時) 3月24日(土) 13:00~15:30
(会場) はとむぎCafe(富山県氷見市 氷見駅から徒歩3分)
(参加費) 2,000円
※要予約 定員20名程度
(ご予約方法) 電話またはメール(お名前、メールアドレス、電話 番号、参加希望人数をお書きください)
(お問合せ先) 電話:090-3886-7669 / メール:info@himming.jp