バングラデシュには、これといって目を引くような観光地はない。確かに、「地球の歩き方」のバングラデシュ編を見ても、一向にワクワクしてこない。だから、弊社のスタッフも、「原さん、一体何をしに行くんですか?」と訝っていた。
今回の訪問のきっかけは、昨年の10月に、ある方の紹介でバングラデシュのJABA TOURという旅行会社のアラム氏がやってきたことだ。温厚で知性的な物言いをするこのベンガル人のいうことなら信用してみてもいいな、と私は直感した。
「ベンガルの文化の底流には仏教の精神が流れています。村は、黄金のベンガルとも称される通り実り豊かで美しく、人々は優しい。バングラデシュの良さを是非、見に来てください。」とあまりにも熱心に誘うものだから、ついその場で「近いうちに必ず行きますよ。」と答え、それが、漸くこの7月に実現したというわけである。
1000万人都市の首都ダッカは、様々な種類の車やリキシャで溢れかえり、その間を人が縫うように行き交う。クラクションの音がけたたましく鳴り続け、まさに喧騒の大都市である。街中を通る線路の両脇にはスラムが形成され、列車が通り過ぎると、線路内は瞬く間に人で溢れ帰り市場に変身する。むせ返るような人の数に圧倒されながらも、逞しさと活力を強烈に感じる。実際は、貧困が故に薬も手に入らず子供の死亡率も高いだろうし、ストリートチルドレンはダッカだけで100万人以上いるといわれているのだから、この国には、困難な問題が数え切れないほどあるに違いない。
しかし、このバングラデシュは、ただ騒がしくて貧しいだけの国ではない。この国には世界一のNGO「BRAC」(Bangladesh Rural Advancement Committee)がある。「BRAC」が何故世界一なのか。一つは、その規模の大きさである。2009年には、その予算が450億タカ(1タカ=約1円)にも達し、現在は、国内に約12万人、アフガニスタン、パキスタン、ハイチなどの海外の国々に約3万人のスタッフを擁している。
もう一つは、銀行、インターネットプロバイダー、不動産管理会社、大学、など様々な事業を自ら興し、70%がOwn Resourcesという自立した組織を形成したということである。その基礎は、「マイクロクレディット(無担保小額融資)」によって築かれたと言えよう。
さらに「BRAC」を特徴付けているのはドナーとの関わりである。私は、仕事柄、ネパールなどで多くのNGOの活動を見てきた。どこでも大抵は海外のドナーが主導権を持っていて、現地は単なるその受け手であり、支援の目的はドナーが決定し、支援が終了すれば事業も終わってしまう、というケースが殆どである。したがって、現地の人々の自発性に基づいた永続性はなかなか生まれない。
ところが「BRAC」は、ドナーから自立して自分たちの力で事業を行う。お金を使う目的もその使い方も「BRAC」が決める。
事業を担う者の多くは現地の農民で、彼らが自らのミッションを自覚し、自らの責任を持って事業を遂行して初めて永続性が生まれる、と考え実践している。
また、この巨大組織「BRAC」には、この国の秀才たちが集まってくる。その彼らが、ドラッカーの理論まで駆使して「学習する組織」を形成し、組織の目的を、利潤追求ではなく、未来に亘って持続可能(サスティナブル)な社会を築くことだとし、貧困をなくすというミッションを明確に持っている。その方法は、経済発展によってではなく人間開発によってである。既に「BRAC」の歴史は40年を超え、次第に、世界に大きな影響を与えつつある。○○主義とは違う、全く新しい社会を築こうということなのか。私には、俄かに理解はできないが、凄いことが起きていると直感した。
3.11以降、特に原発事故によって、いったい何のための経済成長か、という根本的な疑問が広がった。大切なことは、成長ではなく、子々孫々に亘って持続可能な社会を築くことではないのか。そう感じている人が確実に増えた。しかし、具体的にどうすればいいのか、なかなか見えてこない。「BRAC」は、その一つの答えになり得るのではなかろうか。
そんな、諸々の思いを込めて、近々、このバングラデシュを訪問するツアーを作ろうと思う。NGOの実践を肌で感じ、彼らとディスカッションし、ベンガルの農村にもステイしてみようと考えている。そのためには、もう一度、きちんと下見をしてくる必要があるだろう。少し時間をかけてゆっくり深くやっていこうと思う。
※風通信・特別増刊(2012年冬号)より転載