「世界同一賃金」の報道に見るユニクロの行動原理
4月23日付けの朝日新聞は、一面トップで『ユニクロ、「世界同一賃金」導入へ 優秀な人材確保狙う』と報じ、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長のインタビューを掲載した。対象は、今のところ、上位の幹部社員だけだが、一部の店長クラスにも広げていくという。
インタビューを少し抜粋してみよう。柳井氏:『社員は、どこの国で働こうが同じ収益を上げていれば同じ賃金でというのが基本的な考え方だ。(中略)新興国や途上国にも優秀な社員がいるのに、同じ会社にいても、国が違うから賃金が低いというのは、グローバルに事業を展開しようとする企業ではあり得ない』
賃金とは、企業の業績は前提としてあるにしろ、その国の生活水準や月々かかる生活費がベースになって決められるものだと私は思っていたが、柳井氏の発想は全く逆だ。これならきっと、ユニクロで働きたいと願望する人が世界中で殺到するに違いない。特にアジアやアフリカなど発展途上国の人たちにとっては夢のような話である。
もちろん「競争」が前提だ。しかもかなり激しい「競争」だ。インタビュー中の次のやりとりがそれを象徴している。柳井氏:『仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない』記者:『付加価値をつけられなかった人が退職する、場合によってはうつになったりする』柳井氏:『そういうことだと思う。日本人にとっては厳しいかもしれないけれど。でも海外の人は全部、頑張っているわけだ』
朝日新聞より少し前の4月15日、日経ビジネスオンラインが、「それをやったら『ブラック企業』〜今どきの若手の鍛え方〜」という特集をスタートさせた。第一回は、柳井氏にインタビューを行い、同氏は、若手社員の教育方針について次のように答えている。柳井氏:『若手社員には、厳しい環境で働ける人材になってもらいたいと思っています。ハングリー精神を持って挑戦し、数千万円、数億円の年収を稼ぐことを目指してもらいたい。我々もそうでない人は求めない。これからはそう、はっきり伝えていきたいですね』
ユニクロを『ブラック企業』だと断ずる人もいるが、今ここで、そのことを云々するつもりはない。ただ、ユニクロという企業で働くなら、長時間労働を厭わず、激しい競争に打ち勝つ覚悟が必要なことだけは確かだ。
競争が唯一の行動原理ではない
私も経営者の端くれだから、柳井氏が言っていることはよく分かる。会社から給料をもらうことが権利であるかのような考え方では困るし、お手手繋いでみんな仲良くとはいかない。
しかし、どんなに競争を繰り返しても優秀な社員だけが残るということはありえない。パレートの法則通り勝ち残った者の8割は脱落していく。いくらでも代わりはいるから永遠に競争を繰り返すことになるのだろうが、競争の先にいったい何が待っているのだろうか。
もちろん、物を欲しがらず、自分の手の届く範囲で無難に生活できればいいというような無欲な「さとり世代」がはびこっては、社会の発展は止まってしまう。欲は、人間の向上心を高める原動力であり、それが社会を発展させてきたことも確かだ。欲深いことを悪いことだとは思わない。しかし、欲が全ての原動力ではない。
「自律」を行動原理に
私は、競争原理を会社の原動力にはしてこなかった。その代わり、社員には、「自分で考えて、自分で行動しろ。仕事は、自分の将来のためにやれ。但し、自分の利害のためだけに行動するな。会社全体が潤ってはじめて個人の利益が存在するのだから全体を考えろ。それができない人は、みんなから評価されない。評価される人には仕事が集中する。給料が増えるわけでもないのに仕事だけが増えると嫌がる人もいるがそういう人には仕事は集中しない。仕事が集中することは素晴らしいことだ。そういう人が未来を創り自分の世界を切り開いていけるんだから」と伝えてきた。一言で言えば「自律」ということになる。
「ひたむきさ」が「いい仕事」を創る
仕事は、今、自分は何をなすべきかを考えて、実直に「ひたむき」にするものだ。私たちは、お客様に喜んでほしい、いい旅をしてほしいと思って仕事をしている。そのためにあれこれ考え、他者と協力して努力し、改善し、そして新しいことに挑戦していく。この「ひたむきさ」があって初めて「いい仕事」ができる。「いい仕事」がお客様に評価され、会社の利益が生まれ個々人の給料が成立する。企業が社会的な存在として社会に貢献し存在価値が生まれてくるのはその先のことだ。
働くことの先にあるもの
そんな理想論じゃ会社は動かない。人間は易きに流れるものだ。という声が聞こえてきそうだ。「自律」と「ひたむきさ」と言っても、分かり難いから首を傾げて何をしていいか分からず思い悩む社員も多い。しかし、悩んで成長していくことは人生の通常の姿である。「自律」と「ひたむきさ」で会社が動けば、会社内で自浄作用が働くようになり、将来の可能性は無限に広がっていく。その先には、働くことへの誇りややり甲斐が生まれ、よき人生が成立するに違いない。働くことの先にあるものとは、そういうことではなかろうか。
※風通信・特別増刊(2013年夏・秋号)より転載