憧れの地から永住の地へ
根なし草を40年以上も続けてきた僕が、自分の家を建てることになった。日本から9,000km以上も離れた南太平洋の孤島、ここニュージーランドに。高校からどっぷりとラグビーにはまった僕にとって、ニュージーランドはいつも憧れの地だった。しかし、僕がここを永住の地と決めたのは、全く違った理由からだった。
「ミルフォード・サウンド」
自然から学んだこと
僕は九州の田舎で、半野生児のように育てられ、山岳部出身の両親は、自分の息子に「巌(いわお)」という厳めしい名を付け、まとまった休みが取れるといつも山へと連れて行った。森や川や田んぼなどの遊び場で、自然はたくさんのことを教えてくれた。一番の教えは、自然は「こわい」ということ。どれだけ技術が進歩して、人間が力を持ったと思ったとしても、到底自然には敵わないということ。人間は弱くて、脆いということ。そんなことを、自然に触れ合うことで無意識に感じることが出来た。
そうやって育てられた自分が、大学入試で初めて上京、就職してからもずっと東京。いつの間にか、東京で過ごした年月が九州で育てられた時間よりも長くなってしまっていた。自分の中で、何かが変わってしまっている。そう感じ始めたのは30代後半のことだろうか。ひょんなボタンの掛け違いから会社を辞めたのは、そんな考えが頭の中を蝕み始めた時だった。
本当にやりたかったことは?
会社を辞めてまずやったこと。それは、「To Do List(やりたいことリスト)」を作ること。自分がやりたくてもやれなかったことは何だろう。本当に行きたかったところはどこだっただろう。自転車に乗ったり、森の中を歩いたり、シーカヤックで海の上でボーっとしながら考えた……。「ニュージーランドの、青い空と白い雲を見に行こう」それが、僕の結論だった。
ラグビー・チーム遠征の一員としてニュージーランドを初めて訪れたのは、もう20年以上前になるが、ただ1つ鮮明に覚えているのは、これでもかという青い空と、そこに立体的に浮かんでいる、遠く彼方まで広がっている白い雲だった。
長く白い雲の国
実は、白い雲はニュージーランドの歴史の象徴だ。日本ではあまり知られていないが、ニュージーランドに初めて人間が上陸したのはつい1千年前のこと。伝説上の地名である「ハワイキ」、現在のタヒチ辺りから、マオリ族がカヌーを漕いでやってきた。長い航海の後にこの地を踏んだマオリ族は、この島のことを「アオテアロア」と名付けた。マオリ語で意味するところは、「長く白い雲の国」。自然に多く触れていただろうマオリ族も、僕と一緒で、この島の雲の美しさには度肝を抜かれたようだ。
そう、ニュージーランドは、その誕生からして、まさに「アドベンチャー」なのだ。直近の研究により明らかになったのは、マオリ族が漂流してこの島に流れ着いたという説は全く間違いだということ。マオリ族は、古代の航海術を身につけ、南太平洋を縦横無尽に冒険し、そしてこの孤島を見つけ出した。そのために、長い航海中には船から縄をたらし、そこに貝を養殖して食物とした。その貝殻は魚のえさとなり、釣りには必須のものとなった。船の上で火をおこす技術も得て、寒い夜を乗り切った。長く厳しい冒険の末、マオリ族の勇気で発見されたのが「アオテアロア」だったのだ。
その後、オランダの冒険家、アベル・タスマンが17世紀半ばにこの島をヨーロッパ人として初めて発見。しかし、マオリ族との争いに覇気が失せ、上陸ならず。その後、イギリスのキャプテン・クックが、第1回世界大航海の際にこの島に上陸。その数十年後から、ヨーロッパからの入植が始まることに。アメリカやオーストラリアのように、広大な平野が横たわるわけでなく、切り立った山々の中、背丈以上の草木、冬場はしのぎ難い寒さを耐え、開拓者はその地平を切り開いていった。冒険家が長い航海の末に見つけ、上陸し、そしてヨーロッパから新天地を夢見て、不退転の覚悟で乗り込んできた志の高い開拓民が耕す。彼らのアドベンチャー・スピリットから成り立ったのが、このニュージーランドという国なのだ。
自然とともに生きる
ニュージーランドは固有の自然に恵まれている。オーストラリアとは、実は2,000km近くも離れていて、東京から上海や台北までの距離と変わらない。加えて、南極までは、たったの2,800kmしか離れていない。そんな孤島だからこそ、まだまだ驚くべき自然がたくさん残されているのだ。
僕は、4年前にニュージーランドに移住し、この国の山や川、そして海、いろいろなところへ旅をした。どこに行っても、ニュージーランドの人と話すと、とてもホッとする。自然を、自然として捉えていること。この国が、自然保護について世界でも先進的であるという事実の裏側に、入植して以降、すさまじい勢いで自然破壊を繰り返していたという歴史がある。森林は辺り構わず伐採し、鯨も乱獲し、皮が高く売れると知ればアザラシを絶滅の危機にまで追い込むこともしてきた。マオリ族の固有の文化に対しても、近代的ではないという理由で、一時はマオリ語でしゃべることを禁止したことがあるぐらい否定的な時期もあった。そんな彼らが、本来あるものを大切に思わなければいけないと気付いたのは、実はそれほど昔のことではない。そして、彼らはいま「自然」というものの大切さをより深く考えるようになったのだ。
トレッキング等のアクティビティについても、自然になるべく小さなインパクトしか与えないようにという配慮の水準がとても高い。自然保護については、政府の1つの省庁として「自然保護省」があるくらいに政治としての関心も高い。ただ、なによりも一番驚きで新鮮だったのは、市民レベルで、自然と共生する、自然の中で遊ぶという工夫や、いろんな考えがたくさんあること。「自然」は対峙するものでなく、自分が属しているその世界の一部、もしくは自分が自然の一部であるという感覚を持っていることだ。
五感で感じるリアルな旅を
僕は、自然は「見る」ものではなく、一体となって「感じる」ものであると思う。その感覚を通じて、たくさんのことを「学ぶ」ことが出来る、それが自然の本当の素晴らしさだと信じている。ニュージーランドの自然は、人を受け付けない厳しいだけのものではない。緑深い森は、謙虚な態度で接することでいろんなものを見せてくれる。島を囲む大きな海原は、自然の厳しさと優しさの両面を教えてくれるはずだ。今回、風の旅行社と一緒に仕事をさせていただくことになった。単純にニュージーランドの綺麗な自然をご紹介するのではなく、そのニュージーランドの素晴らしい自然の中で、どんな体験が出来るのか。そして、その体験の中からどんなことを感じてもらえるのか。言葉でなかなか言い表せない、そういった僕の気持ちを一番真摯に受け止めてくれたのが、原社長であり、風の旅行社のスタッフの方々だった。地球の素晴らしさを、いろんな形でご紹介されている風の旅行社だから、本当のニュージーランドの素晴らしさをきっと多くの皆様に伝えていただける、そんな期待でいっぱいだ。
会社を辞めて、移住するときに、僕がニュージーランドを選んだ理由。それは、一番好きな自分に戻れると思ったから。それは頭で考えたことではなく、心がそう言ったのだ。みなさん、ニュージーランドにお越しいただく際には、自分の心に耳をあててみてほしい。心が何かを囁いてはいないだろうか。
ニュージーランドの雲を見て、大きな宇宙を感じてほしい。綺麗な海の水に、青い地球を感じてほしい。ニュージーランドの人々と触れ合って、自然に対して謙虚になることを感じてほしい。
『ニュージーランドでお待ちしています』
「風通信」41号(2010年10月発行)より転載
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