ネパール出張

4年ぶりにネパールへ行ってきました。コロナ前は、香港やバンコク、広州などを経由する便を使っていましたが、今回は、そうした便が変動料金制で高かったので、成田空港から直行便を飛ばしているRA(ネパール航空)を利用しました。但し、現在は水、土の週2便しか飛んでおらず日程調整が難しくて、僅か2泊4日の出張になってしまいました。

往路は午前11時に成田発、16時25分にカトマンズ到着。所要時間約9時間半と少々時間がかかりますが、まだ明るい時間にカトマンズへ到着しますから、到着30分ほど前から右側にヒマラヤ山脈が一望できます。帰路は夜中の23時25分に出て成田到着は午前9時。所要時間はわずか約6時間半という短さ・近さに驚きました。

それにしても、ネパール人乗客の多さには圧倒されました。254人乗りのA330-200(エアバス)に日本人らしき人は20人程度です。したがって、往復ともネパール人に囲まれて座席に座っているのですが、ネパール人と数少ない日本人との日本語で話す彼らの会話があちこちから聞こえてきます。

赤ちゃんを連れて里帰りする親子が何組もいて、如何に多くのネパール人が日本に住んでいるかがわかります。カトマンズに到着する前には、歌まで聞こえて来て、何年振りかの故郷へのランディングには歓声と拍手が起きました。国際結婚も増え、交流が益々盛んになっています。私は、大いに歓迎すべきことだと思っています。

4年もネパールへ行けないなどとは、考えたこともありませんでしたが、久々に会ったNEPAL KAZE TRAVEL(NKT)のスタッフ・ガイドたちの元気な姿にとても安堵しました。しかし話をしていくうちに、NKTで今雇用しているスタッフは4人と少なく、他のスタッフやガイドは別の仕事をしていることがわかりました。

とはいっても、日本と違って副業をしたくても、殆どアルバイトの口はないので、親戚の店の手伝いをしたり、田舎に帰って農業をしたりしているそうです。ネパールは、国の援助は全くありません。自助努力だけです。ネパール人はあの2015年の大地震の時もそうでしたが、親戚や知人同士で助け合うことで生きています。その点は、日本より遥かに互助が成り立っています。日本とは全く違います。

そんな苦しい状況下でも、私が帰国する25日の夕食に20人ほどのガイドやスタッフが集まってくれました。空港に向かう午後9時くらいまで一緒に食事をし、「まだまだコロナとの戦いは続くが、こうしてみんなの元気顔を見られて嬉しい。また一緒に仕事ができる日が必ず来る。旅行の仕事は、人が命。人さえいれば何とかなる。諦めないで頑張ろう」と励ましましたが、期待していた、今シーズンのネパールツアーの販売が今一つなので、彼らの懇願するような目線が辛くもありました。

日本政府は、漸く2類から5類への変更の議論を本格化するようです。塩野義製薬の治療薬の承認を待っていたのかもしれませんが、早ければ1月に変更され、コロナ過も大きな壁を越えることになります。やっと長いトンネルの出口が少し見えてきたようです。

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