日本最高ランクの「くすりびと」(第102話)として僕が尊敬しているAさん、たぶん65歳くらい、の家は代々薬草採取を生業としてきた。キハダ、黄連、木通、ヨモギなど多種の薬草を全国各地で採取し、それは漢方薬の原料や野草茶の原料となっている。日本の脆弱な薬草自給率をかろうじて支えている生粋の「くすりびと」である。そのAさんとは年に一度だけ7月に薬草園で開催される、長野県薬草関係者の懇親会でお会いする機会があり、コロナ禍をはさんで3年ぶりにお話をうかがうことができた。質問したいことが多すぎるなかで、真っ先に茯苓について尋ねた。
茯苓は不思議な薬草である。朝鮮人参のように活力を高めるでもなく、ムラサキ根のように鮮やかな色を出すでもなく、キハダや黄連のように食あたりに効くわけでもなく、癌や糖尿病、高血圧に劇的に効果があるわけでもなく、トリカブトのように顕著な副作用があるわけでもなく、単独では用いられず五苓散、桂枝茯苓丸、八味地黄丸など多くの漢方薬に配合されることで効果をそこはかとなく発揮する必要不可欠な存在。あえて効能をいうならば利水作用があげられる。
茯苓は古来より「茯苓突き」たちによって採取され、Aさんもその系譜のお一人である。松が枯れてから2、3年経過した根に寄生する。枯れた松の幹の中心が赤くなっていると可能性が高いとAさんは力説する。その周囲の地中に長い針金を刺し、その手応えで茯苓を見つけるのだが熟練が必要であろう。一つ見つかれば、その根に沿って複数発見できる。Aさん、正確にはAさんのお兄さんは2022年度に約300個の茯苓を採取できたという。それでも昔に比べれば少ないほうで、かつてAさんの幼少期には茯苓の外皮がお風呂の浴剤として用いられ身体が温まったというから、なんとも贅沢な時代である。
古くは平安時代の風土記や延喜式に記され、江戸時代には中国に輸出されていたほど採取できていた。特に丹波の茯苓は有名だった。しかし現在は99,9%中国からの輸入に頼っている(注)。それは茯苓が減少したからではなく「茯苓突き」が高齢化によって激減したためで、日本の地下には茯苓はまだたくさん埋蔵されているはずだ。かくいう僕も松林を掘って探したことはあるがいまだ発見には至らない。
それでも講演会の度に茯苓の話をして興味を喚起していた。するとその甲斐あって、2021年のある日、お店に電話が入った。なんでもいま塩尻市内の山で松の根を掘り起こし、松の生態を研究する講習会の最中だという。そのとき根に丸いものが付着していて、もしや、あのとき小川さんが語っていた茯苓かもしれないと気がつき確認のために知らせてくれたのだ。これぞ講師冥利に尽きるというもの。とっても嬉しかった。そしておそらく日本の多くの造成地では多くの茯苓がその価値を見出されないままに松と一緒に捨てられているのだろうと想像が膨らんだ。
ただ、松茸やトリュフのように美味なわけではなく無味無臭、医薬品に属するために直売所で販売すると違法となり、薬膳料理に用いることもできない(個人的使用は可)。前述したように単独で劇的な薬効があるわけではない。十個以上大量に採取できればともかく、一つや二つでは交通費や送料がかさむために薬草業者は買い取ってはくれないだろう。したがって茯苓がいかに貴重とはいえ、一般の人には価値が無いようなもの。それでも日本の薬草の未来のために、みなさんの周囲の古老のなかに「茯苓突き」がいないか尋ねてみてほしい。そして技を伝授してもらい地中に眠るお宝を探してみてほしい。さすれば、あなたの「くすりびと」ランキング(第218話)は一気にアップします(笑)。
さて、年に一度の懇親会。毎度のことながらAさんは僕からの質問攻めに遭い、お茶を飲む間もなかったようで少しだけ反省している。もっともっと最前線の薬草事情を訊きたかったが、午後からヨモギの収穫に行かなければならないという。75歳になる同僚の「くすりびと」(この方も最高ランクのお一人)といっしょに慌ただしくトラックに乗り込んで去っていた。
注1 1745年、長崎入港蘭船輸出品目
川芎、当帰、芍薬、香附子、茯苓、鍾乳石、寒水石、水晶、樟脳、琥珀、黄連、山椒、半夏、明礬、膃肭臍、長崎膏薬(『日本薬学史』清水藤太郎 南山堂 1949)
1985年度:茯苓の輸入は350,000kg。国内生産量は2000kg。市場価格は3400円/kg(生薬学第3版 廣川書店)
2010年度:茯苓の輸入は1,130,100kg。国内生産量は235kg。(日本漢方生薬製剤協会資料)
注2 茯苓データ
サルノコシカケ科。別名マツホド。表皮は暗茶褐色で、内部は白色でやや赤みをさす。一個は10~20センチ、おおよそ500g。菌体の外層、暗茶褐色の部分を剥いで天日で乾燥する。中国では茯苓の菌を松の根に植え付けて大量に栽培している。日本では養殖栽培は行われていない。主に松の根に寄生するが、カシ、ミカン、ウルシ、ヒマラヤスギ、ホウノキ、ユーカリにも寄生することがあるらしい。なお、茯苓はチベット医学では登場しない。
参考リンク(日本漢方生薬製剤協会HP) https://www.nikkankyo.org/seihin/shouyaku/20.htm
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