藤沢周平のファンは、中高年の“男性”が多いように思う。少々偏見かもしれないが古いといわれるタイプ、そう昭和の雰囲気を漂わせた人に共感を呼ぶのではなかろうか。終身雇用が保証され、まじめに働きさえすれば定年まで安穏として暮らせる。その反面そこからはじき出されたら生きていけない。そんなことに怯えながらも、人並みの倫理観だけは持ち合わせて日々生きている、そんな現代の“男性”年配者に藤沢周平は支持されているように思う。
主人公は、城勤めをする下級武士か長屋に住む町人が多い。前者は何らかの事情があって出世できないが、質素でまじめな武士。後者の町人は、若いころに博奕などで遊んだつけが回って女房子供に逃げられ、今は日雇をしながら一人暮らしをしている。主人公は殆ど“男性”で、そこに“女性”が絡んでストーリーが展開する。悲しくて遣る瀬ない話が多いが最後に少し希望が見える。これがいい。
旅行業界には、30代で起業する若者が結構いる。旅行業は、設備投資は不要で、人脈とノウハウさえあれば始められる。最近は、外国人を日本で受け入れるインバウンドの会社を作る人が多い。雇用関係は結ばず、業務委託契約を結んで協働するというケースがよく見られる。これを、“個々のライフスタイルを尊重した働き方” というらしい。お互いを束縛せず、個々にやりたいことができる。基準は会社ではなく個人にある。
私は、34歳で起業し風の旅行社を作ったが、何の疑いもなく人を雇用し、可能な限り社員を増やして売り上げを拡大し、会社を大きくして社員の生活を豊かにしたい。そして、私も社員もやりたいことができる理想の世界を築きたいと思ってやってきた。むしろ、そうした“野望”を抱くことが当然のように思い込んできた。
しかし、もうこんな発想を持つ人は少ないようだ。“個々のライフスタイルを尊重した働き方”を前提に会社を作るのだから、会社は大きくなりようがない。若い経営者からは“会社は小さくていい。人を雇ってその責任を負うなどということはしたくないし、個々のライフスタイルはそれぞれ全く違うから雇えば束縛することになる”。と明言される。ライフスタイル云々はともかく、働き方が多様化し、雇用被雇用という関係も崩れ、本業と副業の区別もなくなり、複数の仕事をするのが当然という社会がきっと来ると思う。
江戸時代を舞台にした藤沢周平の小説には、武士には、切腹、果し合いがあり、武家の家族には自害がある。それがストーリーに緊張感を与えている。しかも、人間関係は絡み合い縺れ合っている。“個々のライフスタイルを尊重した働き方”を前提とした社会では、緊張感も余り生まれず縺れ合うことも少なかろう。やはり、藤沢周平のファンは減少していくように思う。唯一、指示されるとしたら、人並みの倫理観への共感と最後に少しだけ見せてくれる希望かもしれない。