第49回●「クルモン」ヒマラヤのタンポポ
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 Q: 一般的にいわれているチベット医学の姿と、小川さんの書かれていることの間には大きな隔たりを感じます。果たして実際にはどうなのでしょうか? (エッセー読 […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 Q: 一般的にいわれているチベット医学の姿と、小川さんの書かれていることの間には大きな隔たりを感じます。果たして実際にはどうなのでしょうか? (エッセー読 […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 2008年9月、ダライ・ラマ法王の急病によって多くの公式行事がキャンセルされた。そんな中、メンツィカンでは法王の侍医五名が製薬工場の特別室に集まり、伝統に […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 手にたくさんの胃薬を抱えて若い男性が診察室を訪れた。なんでも隣の現代医学のデレック病院の診察を受けたあと、メンツィカンに行って再受診するように言われたの […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 その昔、アムチ(チベット医)といえばほとんどが僧侶であり男性だったが、時代も移り変わり現在では男女半々の割合となっている。20代の男女が全寮制で5年間も顔 […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 2008年2月27日ダラムサラの夜、僕が丹精込めて作ったオリジナル・スパイスカレーを、ゆ君(仮名・居候)は不味いとも美味いともいわず「食えますよー」とだけ […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 いま、カザフスタン(以下カザフ)の辺境の地ウラリスクに新しい精神文化が生まれつつある。モンゴル騎馬民族の風習が基本にありながら16年前までは旧ソ連の社会主 […]
(2008年6月5日早稲田大学農楽塾講演会。信州の山から採取してきた薬草を一つ一つ示しながら) 植物は大きく分けて「食べられる科」と「食べられない科」に分類されるんだ。はい、そこの君、これは食べられるかどうか、直感で当て […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 メンツィカン診察室に母親が3歳児を連れて訪れた。 「もう大丈夫。お薬だすからね。ちゃんと飲みなさいよ」。ダチュ女医が優しく微笑んで処方箋に薬を書きこむ。 […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 7月、風の御一行様がメンツィカンの正門に到着すると、両側に真っ赤なサルスベリの花が出迎えてくれた。 さあ、こちらがメンツィカンです。メンは医学、ツィーは […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 「カカカカーン、カーン、カーン」。朝7時ちょうど、朝の読経の開始を告げる鐘がメンツィカン構内に鳴り響く。最後にもう一つ「カン」という駄目押しの音は、生徒会 […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 法が乱れる濁世の五百年、魔鬼がさまざまな急性の病気を引き起こす。鬼女が伝染病をまき散らす。外教徒の作る新たな物質が毒となる。その時、自分と他人を守る術をこ […]
小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』 “ニェパ” 血で描かれた赤い文字はそこで途絶えていた。死ぬ間際に最後の力を振り絞ったのであろう、パの最後の丸は閉じられることなく未完成のままだった。被害 […]