文●田中 真紀子(東京本社)
初心者でも楽しめるブータン・トレッキングが「サガラ峠・ショートトレッキング」。
実質2日間のトレッキングで、近年外国人に解放されたハの町近郊から、サガラ峠(3,800m)を越え、峠の反対側にあるパロ谷にあるドゥゲ・ゾン近くのゴールを目指します。
空気が澄んでブータン・ヒマラヤが綺麗に遠望できる秋冬、シャクナゲが見頃になる4-5月、高山植物が見頃を迎える夏など、季節ごとに違う表情を楽しめるコースです。今回は真冬の2月、そして緑生い茂る8月の写真を中心に見所などをご紹介します。
サガラ・トレックのルートは生活路
このトレッキング・ルートは主にハの人々がパロを訪れる際に使われていた生活路でした。
その昔、ハの人々はこのルートを通り、春は人手の必要なパロへ田植えの手伝いに行き、秋に労働代価として赤米を受けとっていました。今日では農業の機械化が進んだことでパロでは人力での田植えが減り、交通機関や流通事情もよくなったためこの道の使用頻度は減りましたが、今でも放牧の際は使われる現役の生活路でもあるのです。
サガラ峠を挟んでハ側はひらけた牧草地、パロ側はシャクナゲや針葉樹などが茂る樹林帯になっています。途中小さな村の脇も通るので地元の人々の生活風景も垣間見ることができるでしょう。
タルン付近(2月、北向き)
タルン付近(8月、南向き)
DAY1 ~キャンプ初日・宿泊地の様子~
ハの町から車で30分程の所にあるシャンガハパン(2,735m)に初日のキャンプをはります。宿泊テント(フライシート付・三角テント、二人用)、朝食・夕食を取るダイニングテント、コック達の作業場キッチンテント、そしてトイレテントの4種類のテントがはられ、テント設営が終わるとお茶、クッキーなどをコック達がダイニングテントに用意してくれます。
キャンプ地で馬方さんと荷物を運んでくれる荷馬たちとも合流です。ブータンでのトレッキングにはガイド、コック、アシスタント、馬方、荷物を運んでくれる馬*が同行するため、大所帯の旅となります。
*サガラ・トレックだと同行する馬の数は、2名なら5-6頭、10名だと15頭です。
シャンガハパンのキャンプ地
DAY2 ~トレッキング初日・牧草地を往く~
目覚めるとガイドがたらいにたっぷりのお湯と紅茶(ブレックファスト・ティー)を運んできてくれます。身支度を整え、トーストやスパム、卵料理などの朝食を食べ終えたらいよいよトレッキング開始!キャンプ地を出発してほどなくすると、左手に3つの村を擁するタルンと呼ばれる地域が見えてきます。右手の小高い丘の上に小さなゴンパとダルシンがはためく中、広い牧草地を歩いていくと、冬は村々や遠くの雪山を眺めることができ、夏は緑萌え花咲く中を歩くことができます。野生の鹿やイノシシから牧草地を守るため、至る所に石垣が立てられており、非常に牧歌的で平和な風景が広がります。
タルン周辺の牧草地(2月)
タルン地域の村(8月
牧草地の真ん中にあるドツォ(石焼風呂)を用意しているおばあさん(2月)
鹿除けの石垣がタルンの
牧草地には多くみられる(8月)
ピクニック・ランチ(一例)
昼食はカデェィ・ゴム(3,235m)と呼ばれる丘陵でピクニック。同行のコックが朝のうちに昼食をこしらえ保温器に入れて運んでくれるため、野外でホットランチを食べることができます。夕食、昼食ともに品数はおかずだけで3 -5種。カレー、野菜のチーズ煮込み、野菜炒めなど、種類も豊富かつ美味!お茶やフルーツなどのデザートまで出てきます。
またカディェ・ゴムには、目とゆがんだ口のある(とされる)石があります。伝説によると、その昔この辺りにはニュエラ・ドエムと呼ばれる悪魔がおりましたが、タントン・ギャルポ(ブータンに鉄の橋を伝えた高僧)が剣で悪魔の口を切り落とし石に変え、人々はこの道を安心して通れるようになったそうです。
カディェ・ゴムの風景(2月)
カディェ・ゴムの風景(8月)
カデェィ・ゴムを越えるとしばらく樹林帯の中を急な上りが続きます。標高が上がり昼食後からの道は若干急な上り道が続きます。道幅も狭く、左右に低木が生え、石もところどころ埋まっているような土の道です。標高3,000mを越えているため、息も切れやすく、ゆっくり歩かないと酸素不足で頭がくらくらするかもしれません。「く、苦しい・・・」と思う頃に視界が開け、2日目のキャンプ地、サガラパン(3,590m)へ到着します。
人里離れた山の頂付近でのキャンプ地に響くのは様々な鳥の鳴き声、馬の首についている鈴の音、風にゆられた木々のざわめき、そして時折コック達が話す声くらい。沈む夕日を見ながら、日記をつけるもよし、本を読むもよし、周辺散策するもよし。ゆっくりとした時間を過ごすことができるでしょう。(高度順応とチョモラリ展望のチャンスを増やすため、時間があればこの日に事前にサガラ峠へハイキングすることもあります。)
ちなみに私がここでキャンプをした2月は明け方テントの中でも‐5℃を記録しました。フリースのインナーシーツ付の寝袋は予想以上に暖かかったですが、帽子やインナーシェルやダウンなどを着込んでも、夜中に寒さで何度か目が覚めました。
サガラパンのキャンプ地
標高が高いので放牧ヤクに
出会うチャンスもある
DAY3 ~サガラ峠と下り道、そしてゴールへ~
サガラパンから約30分程でサガラ峠(3,720m)へ到着します。風にはためくタルチョとケルン(石塚)が見えたら、そこがサガラ峠です。到着前に平べったい石を一つ探して、旅の安全を祈ってケルンに石を積んでもいいかもしれません。また峠についたら「(ソーソソソーキーソソソー)ラギャロー」(神に勝利を!)と叫んでみてください。きっとご加護がありますよ!
冬のサガラ峠からは、パロ側向かって左方にチョモラリ、ジチュダケのヒマラヤ遠望、後方の雪山にチベットとの国境地帯を遠望できる機会が高くなります。夏は雨季のため、曇って山々が見える日は少ないですが、かわりに道中にさまざまな高山植物を見ることができるでしょう。
サガラ峠からチョモラリ(左)
ジチュダケ(右)を望む
峠にあるケルン。 旅の安全を
祈って旅人たちが石を積んでいく。
トレッキング中に見られた花々一例
(8月)
サガラ峠到着後はひたすら下りの行程となります。松、モミなどの針葉樹林、標高が少し下がるとシャクナゲやカバノキなどの広葉樹林など、さまざまな木々からなる樹林帯を3時間近く歩きます。途中、苔むした大きな岩や小川などもあり時期によっては松ぼっくり拾いをしたり、花咲くシャクナゲ林の中を歩いたりと森の中のハイキングを楽しむことができるでしょう。(峠からみてパロ側の斜面は冬に雪が降ると、標高が高い上に日が当たりにくいため積雪の可能性があります。)
樹林帯を歩く
チョデェープの村
ゴール地点のジツィフゥ
樹林帯を抜けると、ひらけた土地がひろがりはじめます。
しばらくすると野性のヤギが生息すると云われるランプ・バジャーラ(霧が峰)の麓にあるチョデェープと呼ばれる8棟程の家が建つ美しい村が見えてきます。ここまでくるとゴールはもうすぐ。木々の間から時折ドゥゲ・ゾンの茶色い壁が見え隠れします。
サガラ峠から下ること約4時間弱、ゴール地点ドゥゲ・ゾン近くのジツィフゥに到着です。(天候、体調がよく、時間に余裕があれば、さらにドゥゲ・ゾンまで歩くことも可能です。片道約30分)
ブータンでのトレッキング
サガラ・トレッキングに限らず、ブータンのトレッキングコースは村と村を繋ぐ生活路(またはその延長)に設けられています。そこで暮らす人々の生活や信仰の姿が垣間見える他、それぞれのコースにその地に伝わる伝説や歴史があります。さらに車の入れない山間を歩くことでこの国の持つ豊かな植生を感じていただけることでしょう。
※12月~1月(年によって2月)は積雪の恐れがあるため催行中止します。
※ 歩行時間はあくまで目安です。
※写真提供(8月の写真):山本 真粧美 様