2007年9月19日~9月25日 文●平山未来(東京本社)
雷龍の国ブータン。ブータンは、チベット仏教を国教とし、自国の自然環境や文化を守り、伝統を重んじている大変魅力的な国の一つです。独自の政策を取り入れ、国民総生産(GNP)よりも国民総幸福度(Gross National Happiness)を優先させる国として最近では知られきました。そんなブータンの伝統的な仮面 舞踏のお祭りの一つ、ツェチュ祭にあわせて秋の絶好のシーズンに再訪し、名物ガイド・シンゲさんの案内で二つの秋ツェチュ(ウォンディフォダン祭/ティンプー祭)を満喫してまいりました!
ツェチュとは「月の十日」という意味であり、グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)の身に起こった重要なことが全て十日であったことが由来です。グル・リンポチェはヒマラヤ地方(チベットを中心に、ブータン・ネパール・モンゴル・ラダック・シッキム等)に仏教を伝えた至宝の師として今も多くの人々から敬慕されています。ツェチュ祭は一般的に行列・踊り・劇などで構成され、最終日に「トンドル」と呼ばれる大きな「タンカ(掛仏画)」のご開帳で幕となります。
グル・リンポチェは「月の十日にツェチュ祭がある処には必ず出現する」という言葉を残した為、お祭りはグル・リンポチェが再来する時でもあります。行われる場所はゾンと言う城塞で、現在では行政と宗教が一体になった場所です。ブータン人はゾンに入る時には、男性はカムニと言う絹のスカーフを肩からかけて正装し、女性はラチュという長い手織りの布を左肩に掛けて入場・見学します。
ツェチュ祭はどこの地域でも最も大きなお祭り。日毎にお洒落をし、最終日は最高に着飾ります。お祭りにはお弁当を持って敷物も持参して一家総出で繰り出します。赤ちゃんも祝福して貰うために大事に包んで連れてくるほど!チャン・アラといった地酒やバター茶を飲み交わしながら、家族や親戚の近況を話したりと、たくさんの人に会い、情報交換をする場にもなっているようです。ツアーに参加されたお客様の数名も、民族衣装を着て観客席に混ざりこみ、自己紹介や記念撮影で交流を深めていました。
今回は、ウォンディフォダンもティンプーでも、一番盛り上がるという最終日のツェチュを見学しました。まず先に訪れたのはウォンディフォダン。まだ太陽が昇らない時間にホテルを出発し、ウォンディフォダン・ゾンへ向かいます。まだ足元が暗い中、前方に見えてきたのは、巨大なトンドル。ゆっくり、ゆっくり、と人の手によって、大事に大事に、掲げられていきます。
ブータンの人々も同様にトンドルを拝むために、朝早くから出かけてきます。トンドルは、宗教的教えを表現した寺院の壁一面 を覆うほどの大きなタンカです。トンドルは、ツェチュの時に1年(~数年)に1度、開帳されて寺院の壁一面を覆って掛けられます。ブータンの人々は、トンドルを見ることで、祝福と教えが得られると信じています。トンドルとは、見て(トン)解脱する(ドル)という意味です。つまり、その像を拝むだけで未来に解脱を得るという信仰なのです。
ツェチュ祭に開帳されるトンドルは、グル・リンポチェを主尊に描いたもので、両脇にはグル・リンポチェの二人の妃、そして周囲にはグルの八変化相とかニンマ派、ドゥック派の高僧が配置されています。ご開帳中やお祭り前後で、色々なことを上手に解説してくれるシンゲさん。その流暢な日本語解説で、仏教的な意味や物語も納得。そしてより多くの感動を得ることが出来ました。
日が昇った頃トンドルは降ろされ、丁寧に巻かれ、そして閉じられます。またの機会が訪れるまで、大事に保管されるそうです。 聞くところによると、今回のウォンディフォダンのトンドルのご開帳は、5年ぶり(!)だったとのこと。久しぶりに祝福を受け、満面の笑顔のウォンディの町の人々と、未来の解脱に歓喜するお客様の顔が印象的でした。
トンドルが完全に仕舞われると、今度は僧侶たちによる法要が行われます。広場の石畳に整列した僧侶たちは、布施を受け取り、祝福を受けます。会場には、ロム(シンバル)などの音楽が響き渡っていました。その後は朝9時頃~3時頃までチャムと言う仮面舞踏と、チャムの間に行われる町娘達によるフォークダンスがくり広げられます。会場の中では、アツァラと呼ばれる道化がひょうきんな、そして時には卑猥な動作と言葉で観客を笑わせます。
今回みることが出来たウォンディとティンプー祭りでのチャムを少しご紹介いたします。
Pacham 勇者の舞
ペマ・リンパという有名な高僧が、グル・リンポチェの楽園を訪れた際に、そこで見たダンスを再現したものです。踊り手は黄色い膝丈のスカートに、金の冠をかぶっています。
Drudag 火葬場の守り神のダンス
スメール山(須弥山=仏教における世界の中心)の麓にあるという8つの大きな火葬場の守り神とその世界を表したダンス。 踊り手は、白いスカートとブーツを履き、骸骨の仮面をかぶっています。
Ging Dang Tsholing ギンとツォリンの舞
宗教儀礼としてのチャムの一番重要なものの一つ。グル・リンポチェがチベットで最初の僧院サムイエ寺を建立した際、外来の宗教である仏教に敵意を抱いていた土着の神々を調伏し、逆に仏教を守る護法神(ギン)に生まれ変わらせた物語。ギンはオレンジのスカートを穿き、旗のついた赤と黒の仮面をかぶっています。手には太鼓とバチを持ち、そのバチで頭を叩かれると、幸運が訪れると言われています。最後は、忿怒尊がギンに追い出されるように一人一人、順々に舞台から退場します。
こうして仏教に敵対する悪霊や鬼神などが調伏され、国家や村、人々の生活の安泰が約束されるという意味を示しています。会場の中にはギンに叩かれたい一心のブータン人のおばぁちゃんなどが逆にギンを追いかけたりしていて、なんとも微笑ましい光景が繰り広げられたりもしていたのでした。
Guru Tshen Gyed グル・リンポチェ八変化のダンス
グル・リンポチェは生涯を通じて全部で八つの名前を持っていたといわれており、グル八変化相はその八つの分身(化身)をあらわしたものです。それらを一身に集約した本尊がグル・ リンポチェとして登場し、奏者、花蒔き、日傘持ちの従者などを従えて八つの化身が順番にダンスを披露します。最後にグル・リンポチェが従者に導かれ会場を一回りすると、お祭はクライマックスを迎えます。
両日ともに快晴に恵まれ、良い場所で観賞できたツェチュ祭。ツェチュを見ることで、きっと訪れた人々みんなが幸せな気分になれることでしょう。今回参加された皆さんも、ブータンのもつ癒しエネルギーと幸福心をたくさん頂いたようでした。ここ数年で刻一刻と目覚ましい発展と進化を遂げているブータン。お祭りで出会えた素敵な人々の笑顔、素朴さ、愛らしさがこれからも永遠に続くよう、心から願います。
ガディンチェラ!