すべての 原点は 「石」の中

文●田中 宙

調査で入山する折には必ず記入提出する入山届単独行なのでこれが命綱でもある
調査で入山する折には必ず記入提出する入山届
単独行なのでこれが命綱でもある

石に魅せられて

「なんでこの石赤いんやろ? めっちゃ綺麗や」
その素朴な気持ちが僕の今後の人生に大きく関わってくるとは当時は知るよしもありませんでした。僕は京都市内の北部、鴨川の源流に位置する古刹の長男坊として生まれました。幼少期、周囲には民家すらなく、近所の友達と遊んだりすることもできませんでした。鬱蒼とした森、水しぶきがまぶしいせせらぎ、風が吹き抜ける尾根道、そんな寺院の境内が僕の遊び場でした。
四季折々、繊細な変化を見せてくれる京都北山の自然にどっぷり浸って過ごした幼少期でした。そんな恵まれた自然の中で、僕が最も興味を持ったのは、石だったのです。
何故か当時の僕は、川で集めた石を空き缶に詰め込む遊びに没頭していたようです。そこには僕なりのルールがあり、色の違いを基準に区別して詰めていたのです。黒色に茶色に灰色に緑色……。境内を流れる小さなせせらぎの中にさえ、非常に多彩な石の世界が繰り広げられていました。
石コレクションは小学校に進んで更にエスカレートしました。遠足、社会見学、野外学習、修学旅行、行く先々で石を集め持って帰るようになっていました。そして、集めるだけでなく、石の出所が気になるようになっていったのです。実家の石のバリエーションは完全に把握していたのに、違う場所に行くと、見たこともない石がゴロゴロと出てくる。それが不思議でした。そして、一体、石って、どこから来て、何から出来てるんだ? と素朴な探求心が生まれていったのです。
中学に進学し、ごく普通の学生生活を送りながらも、やはり石コレクションはひっそりと続けていました。そしてついにやってきた大学受験、これからの人生をどう送るかと考えたとき、頭に一番に浮かんだのは、またしても石でした。本格的に石と関わる人生って?
答えは簡単、地質学という学問がそれを紐解いてくれることがわかりました。では、地質学ってどうすれば研究できるんだ? それも答えは簡単でした。なんと大学には地質学を研究できる講座がちゃんと存在したのです。

「好き」、「楽しい」から本物の研究へ

大学では教室内での講義のほかに、「巡検」といって実際に野外に出向いて、自然の状態で露出している石を調査する講義がありました。その楽しさといったら! きつい崖登りも、激流を徒渉することも、石の為ならなんのその。僕は「巡検」の虜になりました。白地図を持って歩き、そこに調査結果をプロットしていくと、魔法のように出来上がる地質図。実習講義とはいえ、探検家のように未知のエリアを切り開いていく作業はワクワクするものでした。また教室内の講義では偏光顕微鏡による石の観察が魅力的すぎたのです。カラフルで万華鏡のような鏡下の世界、これも大好きになりました。
そんな学部生の時期、「好き」「楽しい」から、本物の研究へ導いて下さったのは、恩師である大先生でした。世界的な権威であるにも関わらず、学生の視点で地球の歴史の謎解きの面白さをしっかり説明してくださいました。ただし、とてつもなく厳しい指導と共にでしたが……。
そこから僕の研究は加速していきます。
石の元は岩石、岩石は地殻の構成物、地殻は固体地球の構成物、そんなシンプルかつ本質的な論理から固体地球自体をターゲットとして研究を進めました。普段、僕が目にしている石は最終的に地面に露出してきた姿、その前はどんな歴史をたどってきたのだろう。それを解明していく事で、もしかすると、地球表面を覆う地殻全体の歴史も解明できるかもしれない。大げさですが、そんな心意気で研究を始めました。
ただ、ここでも「好き」「楽しい」の気持ちは抑える事ができず、テーマに選んだのは「変成岩」。変成岩は岩石形成後に、文字通り「変に成った」岩石です。英語ではMetamorphic Rock。この響きにも惹かれるものがありました。

変成岩、その魅力


顕微鏡で観察し、鉱物間の反応と共存関係を調べる。
ここでは3種の鉱物が共存しており、これにより
岩石の形成温度圧力条件を推定できる

石は、砂や泥が固まってできる「堆積岩」、マグマが固まってできる「火成岩」、このあたりは一般的なイメージとして想像しやすいと思います。しかし、「変成岩」は堆積岩や火成岩が生まれ変わるくらいの変動的環境に持ちこまれた、そんな歴史を内包しています。それこそ、固体地球形成の歴史の謎解きにはうってつけなターゲットなのです。
そんな学術的理由以外にも、僕を虜にする魅力を「変成岩」は持っていたのです。子供のころの石コレクター魂を再燃させる多様性。その色は白・黒・緑・青・赤と変化し、つや消しのマットカラーもあれば、光沢溢れるきらら色まで、まるで色見本のようでした。


地形図を片手にジオウォーキングへ出発!

再結晶する際にできる様々な微細な反応組織はモザイク状であったり、樹枝状であったり、ドーナツ状であったりと、色と組織のバリエーションの豊富さに魅了されたのです。またその構成鉱物には「ガーネット」「コランダム(サファイヤやルビー)」「ヒスイ」そんな宝石の細粒結晶が多く含まれている、母岩が風化して結晶で採取できる地域もある。そんな所も僕好みだったのです。
では、実際の研究生活はどんなものだったのでしょうか?
変成岩は再結晶しているだけあって、非常に硬く、それは地形にも現れます。周囲の地層が浸食されて、なだらかな地形に変化していく中、変成岩が露出する地域は、急峻な山岳地形となり、人を寄せ付けないエリアとなっている場合が多いのです。そんな地域を調査する、まるで冒険小説のような調査スタイルも僕にはうってつけでした。

石から地球が見えてくる

地球の表面運動を支配しているプレートテクトニクス(*1)、その駆動力はマントル(*2)に依存していると言われてきました。マントルと地殻にはどのような物質的力学的関係があるのか、多くの研究者が研究を続けてきました。日本は海洋プレートが大陸プレート下部に沈み込んでいくプレート収束域です。プレート収束域の地下でどんな現象が起こっているかをテーマに、僕は国内に産出する三波川変成帯の岩石を用いて研究を進めました。この三波川変成帯の岩石は高い圧力かつ低い温度で再結晶したという特徴を持っています。そんな再結晶作用を被るのはどんな場所なのか?


三波川変成帯の分布図


実験データや分析データ、物理化学的なシミュレーションを軸に、岩石が生まれ変わった時の温度圧力条件を求める事ができます。また、その生まれ変わりの時期も放射性元素の半減期などから算出することができます。そして、日本列島の下で何が起こってきたか、研究を通じて、その歴史のパーツの一部を紐解くことができたと思っています。じゃ、一体、どんな歴史だったの? 何が判ったの?


人生の道標、赤いチャート

それは、僕が実際に野外を案内して、大好きな石をご覧いただきながら、たっぷり説明させていただきたいと思います。すべての原点は「石」の中にあります。その「石」はあなたの身近な自然の中に溢れています。「石」からのメッセージ、聴き逃すのはもったいないですよ。だって、石から地球が見えてくるのですから ……。
 
ところで、話の冒頭で出てきた「赤い石」実は堆積岩のチャート(*3)だったのです。僕の研究テーマである変成岩ではありませんでした。でも、僕の人生の道標になってくれた赤いチャート。感謝の気持ちと共にNo.0の標本箱にこっそり保管しています。



*1:_x0007_固体地球表面(主に地殻)の運動モデル。日本はプレートの沈み込み帯に存在する。
*2:固体地球・地殻の下に存在する層。固体であるが長い時間軸で見ると流体のように挙動する。
*3:堆積岩の一種、SiO2(二酸化ケイ素)を主成分とし、ガラス質で緻密かつ硬い。



風通信」46号(2012年11月発行)より転載


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