一般的に旅行会社は、パッケージツアーを作ってそれを他の旅行会社に卸していくホールセラーと、それを小売するリテーラーに分かれます。ホールセラーは、例えば皆さんがよく御存知のジャルパックやJTB、近畿日本ツーリストなど大手旅行会社が多く、街の旅行会社(リテーラー)にパンフレットを置いてもらい、販売してもらう訳です。即ち、「作り手」と「売り手」が分業されているのが一般的です。
更には、ホールセラーにパッケージツアーの内容を提供しているランドオペレーターが存在しています。ランドオペレーターは専門店が多くヨーロッパ、アメリカ、もっと細かく、タイ専門、韓国専門などそれぞれの分野に分かれています。実はこのランドオペレーターこそが、実際にホテルを予約し、ガイドを手配し、レストランを予約するといった仕事をしている訳です。ホールセラーは様々なパッケージツアーを企画し、自社ブランド、例えば「LOOK」「マッハ」「ハローツアー」などと名前を付けて、パンフレットを作り売っているのです。もっといえば、このランドオペレーターにも、更に海外のランドオペレーター会社に手配を委託しているケースが少なくありません。
このように、皆さんが買われる旅行という商品は、実は、二重三重に分業されてでき上がっているのです。よって、店のカウンターや電話で皆さんのお相手をするスタッフは、日々「旅行」という商品を売っているものの、実はその中身をよく知らないというケースも生まれてきます。勿論、各旅行会社で研修をつみ勉強はしていると思いますが自ずと限界がある訳です。
では、風はどうしているのか。この分業を極力無くし、自分たちで旅行を作りたい。 ……それが、私たちの旅作りなのです。 そんな旅作りは、ネパールから始まりました。
前回でも御紹介した通り、風はネパールが先に生まれました。とはいっても、実に幾つもの問題を解決しなければなりませんでした。当初は、ネパール人のスタッフの人のよさと親切さで維持されていたに過ぎません。しかし、本格的にビジネスとして取り組むとなると話は別です。彼らは、ネパールの社会にどっぷり浸かって生きているのですから、出来ないことは、すべてネパールという国情のせいにしてはばかりません。けっして、それを解決する手段を自ら切り開こうとはしません。また、一つの会社に所属して給料をもらって働くという意味が、日本人とは全く違います。仕事が無ければ、いや、仕事を指示されなければ会社に来ないし、突然、何ヶ月も田舎に帰ってしまいます。自分たちで仕事を探し、お客様を受け入れる準備をしようなどとは考えません。
これでは、とても日本人客を受け入れる旅行の仕事など出来ません。この二つの大きな問題を解決したのは、日本人駐在員の野村君(現取締役)の粘りとこだわりでした。彼は風が出来て半年後(1992年4月)にネパールに赴任したのですが、当時は、本当に気のいいネパール人が5人ほどいただけでした。赴任した年の11月、タメルに事務所を出し、本格的に旅行の仕事を始めました。
当時は、風が集客出来るお客様も月に10人程度で少ないものでしたが、ネパール人スタッフは、野村君の指示のもと、お客様を受け入れるには、事前の準備、例えば、どんなホテルを使うのか、レストランはどこにするか、メニューは何か、使う車は大丈夫か、土産ものはどこで買うのか、などを調査し予め決めておく事の大切さを次第に理解するようになりました。
更には、ガイドはなるべく最初にお客様と会うところからお別れするところまで、ずっと通して付くほうが良い。土産物屋でバックマージンをもらうくらいなら、その分お客様に安くしてもらうよう店と交渉しよう。お客様が旅の最後に、ガイドの勧めで買いたくもないものを無理して買わされたとなれば、旅の印象は悪くなる、せっかくの旅を最後に台なしにしてしまう。それでは、お客様は、繰り返し来てくれない。そんなことを一つ一つ理解し、次第に、自分たちの仕事をきちんとやることに誇りを持ち始めました。
その間、野村君は、一時大いに悩み日本に帰って来ては、どうするか私たちと話し合いました。その結果 「ネパール流でやれば、ネパール人スタッフとの軋轢は無くなるだろうが、それでは意味がないし、絶対いいものは出来ない、やるだけやってダメなら諦めよう」と半分開き直って、私たちはそのまま進むことにしました。それが、結果 としては良かったと思います。
こうして、風の旅作りは、現地と直接その中身についてまでも、細かく話し合い、現地スタッフと一緒に旅をつくっていくようになりました。このやり方は、チベット、モンゴル、ブータン、南米、など他のディスティネーションの旅行を手がけるにも基本になっています。それぞれの国の事情もあり、全てに現地支店を作るわけにはいきませんが、少なくとも現地に何度も赴き、下見をし、現地オペレーターと直接話し、一緒に旅を作ることを基本にしてきました。安易に人が作ったものを何でもパンフにして商品を増やそうとはしてきませんでした。
「お客様と、風の旅行社、そしてお客様を直接迎え入れる現地旅行会社」が直接繋がること、これが、一番大切な事だと考えています。
そして、私たち風のスタッフが現地を熟知していること、これがあってはじめてツアーができ上がるのです。他社にはない企画も、現地と直接話し合っているからこそ生まれてきます。もし、この肝心の旅作りを他社に依存していたのであれば、ありきたりのツアーしか生まれてこないでしょう。
現在、南米や中央アジアをなんとか本格的に手がけたいと頑張っております。こんなやり方ですから案の定、準備に時間がかかっておりますが、大いに期待していただきたいと思います。
※風通信No2(2000年1月号)より加筆転載