ブランドビルディングとは

私の目の前で講演をしている70歳過ぎのこの老人は、50歳を過ぎてあの超高級リゾートのアマンリゾーツを始めたことになる。なんということだ、今から私にそんなことができるだろうか。私は、茫然と風を始めてからドタバタ過ぎたこの15年間を振り返った・・・

アマンの戦略と真髄

9月21日、アマンリゾーツ会長のエイドリアン・ゼッカ氏が、日本旅行業協会(JATA)主催の「JATA国際観光会議2006」で基調講演を行なった。今年の「JATA国際観光会議2006」は「ツーリズムにおけるブランディング」をテーマに議論が行われたが、この講演を目当てに参加した方々も多かったろう。私も、これは聞き逃せないと思い勇んで会場に足を運んだ。アマンと言えば、1泊何百ドル、部屋によっては何千ドルもする超高級リゾートだ。ブータンにも「Amankora」を始め既に4つのアマンがオープンし、ブータンだけで全部で6つのアマンが計画されている。アマンリゾーツは、1988年タイ「Amanpuri」でスタートし18のリゾートを有するが、各リゾートの部屋数は、50ルーム以下という小規模なことでも有名だ。世界のトップエンドに的を絞り込んだ典型的な高級ブランド戦略で、現在、アマンを繰り返し利用する“アマンジャンキー(アマン中毒者)”は、世界中に約15万人存在し、その内、日本人が11%を占める。だが、その歴史は意外に浅く、僅かに18年。弊社が今年で15年目だから殆ど変わらない。いったいどんな戦略がそこにはあるのだろうか。

会長のエイドリアン・ゼッカ氏は、インドネシア出身でシンガポール育ち。めったに外で話をしない方だそうだが、この日は、アマンブランドの確立・ 拡大・維持の3段階での取組みを雄弁に紹介してくださった。幾つかのキーフレーズを拾ってみると

◎綿密で正確にブランド開発を行ってきた。
◎ブランドそのものには意味がない。
◎どの段階にあっても、最も重要なのは商品そのもの。
◎商品は非常に明確で一貫性を保つ必要がある。
◎宣伝広告はしない。 ブランド開発はもっぱら「口コミ」で。
◎広告費をかければ知名度は上がるがブランドは確立できない。
◎ゲストのライフスタイルを理解していないと失敗する。
◎ブランド維持が、実は最も難しい。
◎常にわくわくする新商品提供が必要。

設立当初から、明確な意図と戦略をもってアマンブランドは築かれたことが分かる。アマンとはサンスクリット語で「平和」という意味で、そのアマンにその現地の4文字くらいの言葉を付加して各リゾートの名前にしている。一つ一つが個性を持っている。アマンはチェーンホテルとは明らかに違う。最初のアマン「Amanpuri」はplace of peaceという意味だ。そこには、作り手の明確な意志や主張がある。この、明確さと頑固さが当初からあったからアマンは短期間でブランドを確立できたに違いない。マニュアルはないそうだ。スタッフは、基幹スタッフを除いてみんな地元の未経験者を雇い教育する。アマンでは、滞在中にお客様の名前も顔も覚えてしまうから滞在中にレストランで食事をしてもサインは不要。チェックアウトの際にまとめて請求する。もし、お客様から間違いを指摘されれば、その代金は戴かないそうだ。どうやら、アマンの最高のクオリティーは、ハードではなくて、この「もてなし」にあるようだ。こんなことは大規模ホテルにはできない。きっと、アマンで働く人々は、アマンそのものに誇りを持っているばかりではなく、その国、その土地に誇りを持っているんじゃないかなあと想像できる。しかし、こうしたサービスは、他でも耳にする。日本の旅館などは、同様のクオリティーを持っているところが現にある。しかし、アマンリゾーツは世界のアマンになった。それは、経営者の明確な意志と志が在ったからで偶然そうなった訳ではない。

「風ブランド」へ向けて

ちょっと調べてみたら、エイドリアン・ゼッカ氏は、過去に、様々な高級ホテルの開発を自ら行なっており、その経験の集大成としてアマンリゾーツを設立したと言っても過言ではない。いきなり50過ぎになって思いつきで何か始めたというのとは訳が違う。こんなこともおっしゃっていた。「アマンはホテルではなく、アンチホテル。できるだけホテルのような感触を持たせないようにした。」言われてみれば、一つ一つ納得してしまう。それを実際やれるか否かが人生の分かれ道だ。思うだけなら誰でもできる。

私は、はたと、自分自身のことを考えこの15年の風の旅行社の歩みを振返ってみた。もちろん設立当初は、明確な意図や志など全く無かったし、ただただ迷い、右往左往しながら手探り状態で進んできた。最近になって、漸く、リピータの方々も増えてきたし、雑誌にそれほど高い広告費を払わなくても、口コミで少しずつお客様をご紹介していただけるようにもなってきた。時には、お客様の期待感の高さにプレッシャーを感じることもある。商品こそ命と考え、現地スタッフ、ガイドの養成に最も力を入れてきた。「○○へ行くなら風の旅行社がいいと紹介されて申し込みました。」などと言われたらもう舞い上がるほど嬉しくなってしまう。

しかし、まだまだ、明確さと一貫性に欠けている。会社も私も自信がなく、迷っているんだと思う。しかし、それが実態だから仕方ない。むしろ、それが当たり前だとも思う。アンケートを拝見しながら品質を管理することの難しさを毎日のように感じる。それでも、めげずに小さな努力を一歩ずつ続けるしかない。その小さな努力がきっと自信に繋がるに違いない。また、「風ならなんかやってくれそうだ」という期待感やわくわく感を抱いていただけるような会社になりたいものだ。航空券やホテルだけならインターネットで買えばいい。私たちが作っている旅は、日程表にすると1日が数行で終わってしまう。しかし、その行間を埋めていくのが私たちの真骨頂だ。時間、空間設計が旅作りである。だから、それをお客様にまかせてしまうようなフリープランはあまり作らない。それなら、風で買う必要は殆どない。私たちが考えた風の旅を価値として買って戴けるようになったらいいと本気で考えている。

15周年で11月にKAZEグループの各国の責任者達が東京に集まる。その際には、ブランドビルディングについて話し合う予定だ。難しいことだが、意志がなければ絶対にブランドは築けない。風はチェーン店ではない。各国が個性を持ちつつも風の精神が共有化されていればおのずとお客様へのもてなしの質が決まる。そんな話をしながら、日々の経営と仕事をもう一度見直してもらおうと思う 。

※風・通信No29(2006年冬号)より転載

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