ネパール −ビレッジツーリズムの展開−

内側から眺めるネパールの農村

ネパールのトレッキングは山村を巡る旅ともいえる。「ナマステ!」といって村々を通り過ぎていくと、村人も慣れた様子で「ナマステ」と応じてくれる。しかし、トレッカーはあくまで外から眺めるだけで、農家の家の中に入って村の人々の暮らしを見たり、宿泊してその生活を体験したりすることはない。あの村の家の中に入ってみたい。そんな思いが私の中には以前からずっとあった。

9月上旬、カトマンズからポカラに向う舗装道路の中間地点の少し手前を北に入って、ダディン郡の郡都ダディンベシまで行き、そこから徒歩で4時間かけてパトレ村という農村を訪れ、農家でホームステイをする機会を得た。実はこの村は、文京学院大学の山下泰子先生と伊藤ゆき先生のゼミの学生が、4年前から毎年8月に、20人ほどでフィールドワークに入り、ホームステイを行ってきた村だ。その手配を弊社がお引き受けし、村の方々と親しくなったという経緯がある。
文京学院大学によって、村の学校の校舎が新しくなり、各家に衛生的で広いトイレができ、バイオガスの設備が導入され調理もできるようになった。ベッドを整え、蚊帳を用意するなど、すっかりホームステイの受け入れ態勢も整っている。今回私は、弊社のツアーにこの村のホームステイを入れられないか視察に訪れたという訳である。
この村は、トレッキングルートから外れているので、以前はあまり観光客が来なかった。それゆえに農村のいい雰囲気が残っている。屋根も伝統的な石葺きで、壁もレンガや石を使っている。夏のこの時期は緑に囲まれ、実に美しい村である。
ホームステイは、今までトレッキングで見ていた村をまるで鏡の反対側から覗くような不思議な体験だ。ホストファミリーのお母さん、お父さん、おじいちゃんにおばあちゃん、そして子供たち一人一人の個性がはっきりと見えてくる。そりゃあ、風呂もシャワーもないし、着の身着のままの生活である。電気は通っていても、家には家電製品は全くない。しかし、みんないい笑顔をしている。食べ物だって素朴ではあっても足りている。「私なんかよりよっぽどいい顔しているなあ」などと、私は感じる。
もちろん、だからネパールの村は幸せで天国なんだ、などとは言わない。衛生的なトイレがないとか、調理に使うかまどの煙が目にしみて目が悪くなるとか、教育、そして、何よりも医療の問題など改善すべきことは多々ある。また、今回、聞いてびっくりしたが、ネパールの村でも、老人と子供だけになってしまい過疎化した限界集落が増えているそうだ。男は出稼ぎに、若い人は職を求めて都会へと出て行ってしまい、半ば崩壊してしまった村もあるという。

ビレッジツーリズムにかける

パトレ村のリーダーたちにも会い、話をすることができた。普通は村の長といった年配の方々が出てくるのに、今回集まったのはみんな30代の若いリーダーたちであった。彼らから『ビレッジツーリズム』という言葉が出てきたのには驚いた。村を豊かでもっとよくしたい。その思いが沸々と伝わってくる。
ビレッジツーリズムとは何か。簡単に言えば「村の生活を観光によって成り立たせる」ことだが、従来の観光開発のように、村の生活を一変させてしまうような大型観光施設を作ったりはしない。村の伝統的な文化、生活、習慣、そして自然環境を守り、それをホームステイなどを通して見せ、体験してもらうことによって、現金収入を得て村を維持していく、その仕組み作りのことだと私は思う。
ネパールでビレッジツーリズムが始まったのは、10年ほど前だ。グルカ兵として出稼ぎが多かったあるグルン族の村が、出稼ぎで稼いだお金を資金にホームステイができるよう、村を挙げて取り組み、欧米人を中心に観光客を招いた。それが、弊社のパンフレット『風のネパール』にも掲載している『シルバリリゾート』である。おそらく、これがネパールのビレッジツーリズムの始まりだと思う。既に今年は14の村がモデル地区に指定され、来年のネパール観光年ではビレッジツーリズムが大きく取り上げられると聞いている。

本当に大切なものを見失わないために

「村の伝統的な文化、生活、習慣の保全」を図るといっても、道ができればバスが通り、町に出やすくなるし病院にも行ける。だから道は欲しい。だが、そうなれば村に物がどんどん入ってきて、家の屋根はトタンになり、壁はコンクリートになって伝統は崩れていくかもしれない。事実、先行してビレッジツーリズムを謳ってきた村では、そうなってきているところもある。しかし、村人に「豊かになるな!」などとは誰もいえない。
出稼ぎをしなくても家族が一緒に暮らせる、居心地のいい素敵な村を作っていく、という大きな目標を見失わないよう、矛盾を調整しながら、何が大切か1つ1つ検証して前に進まなくてはならない。

ときとして、観光業者は破壊者になってしまうケースがある。私たちはそのことに自覚的でなくてはならない。
トレッキングガイドが本業のネパール支店スタッフ、ピタンバル・グルンは、文京学院大学を担当したことを契機に、ビレッジツーリズムを風の旅行社でやろうと張り切っている。是非、応援していきたい。

※風通信No41(2010年10月発行)より転載

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