2027年に開業が予定されているリニア新幹線が私の生まれ故郷・長野県飯田市を通る。後11年。まだまだ実現するという実感は沸かないが、帰省するとこの話が出ないことはない。
しかし、期待感というより戸惑いの方が強い。現在、中央高速バスで新宿から飯田まで4時間余りかかっているのに品川から飯田までわずか40分になる。その近さが戸惑いの原因である。元々飯田市を含めた南信(南信州)は、中信、北信に比して観光地としての知名度が低い。今でも、名古屋や浜松からやってくる観光客は日帰りが多く、南信唯一の温泉地・昼神温泉に一泊したとしても、その後は北の観光地に行ってしまう。リニア新幹線は、その傾向を助長するだけだと心配しているのである。
とはいうものの、環境省が平成16年から3年間行った「エコツーリズム推進モデル事業」では全国13モデル地区に飯田も入っている。まさに、観光庁が振興を図る“ニューツーリズム(物見遊山的な観光ではなく地域固有の資源を活用した体験型・交流型の観光。エコツーリズム、グリーンツーリズムなど)”の先進地である。
利点を活かすことが大事
一般的に、有名な観光地に大型バスで観光客を大量に集めるような大量送客型の観光は、観光客を目当てにした大型ホテルやレストラン、みやげ物屋などが形成される。大きなアウトレットと同様、『大量』に『集中』して『一箇所』に人を集めることができ、効率的な経済効果をもたらすことができる。それに比して、ニューツーリズムは、ガイドの人数や、ガイドが一回のツアーで扱える参加者数に限界があること、さらには自然への負荷を少なくする配慮から実施場所や日時を分散させるために、『少量』を『分散』して『数箇所』に観光客を集めることになる。従って、大型ホテルやレストラン、みやげ物屋などもできず経済効率がよくない。だから、飯田の人たちは、ニューツーリズムに携わっている人以外は、観光客が来ていることを実感できず、その上、大量送客型の観光だけを観光だと思っているから“飯田は観光はダメだ”と思っている。
だが、日本のどこもかしこも有名な観光地になれるはずはないし、なる必要もない。飯田は、ニューツーリズムが盛んであり有名な観光地がなく大量送客型の観光地になっていないのだから、むしろこれを利点とすべきである。自然と生活の調和を図り「暮らしたくなる街づくり」を推進しニューツーリズムを定着させていく。これこそが飯田の目指す方向である。
東京には、毎日通勤する必要がない人だって多い。必要なときだけ東京に仕事に行けばいいという人なら、飯田に住もうと思う人もいるに違いない。その好例が軽井沢である。長野新幹線ができて軽井沢まで一時間で行けるようになったら、大手企業の管理職や大学教授らを中心に、収入と時間に余裕がある人たちが軽井沢へ移り住み、東京方面へ通う人たちが増えたという。但し、大型マンション開発などを止め、「自然保護対策要綱」を制定し“軽井沢らしさ”を守る努力を地元の人たちがしてきたからだ。
暮らしたくなる街を目指す
飯田には、北アルプスの雄大さに比べると見劣りはするものの、南アルプスを背景に天竜川の西側に広がる見事な河岸段丘の眺望がある。雪はあまり降らない。春になれば桜はもちろん、桃、梨、りんごの花が河岸段丘を彩る。災害も少なく暮らすにはとてもいい所である。
しかし、ご多分にもれず、バイパスには大きくて下品な看板が立ち並ぶ。私が子供のころの飯田は、中央道もバイパスもなく静かな田園風景が続いていた。昔に戻れとは言わないが、あの醜い看板を撤去し、電柱を地下に埋め、住居を含めた建築物の規制を行い、かつ、ソフト面での暮らしやすさに工夫をこらしたい。
“そんなことができるはずがない”という声が聞こえてきそうだが、移住者を一人増やせば、何十人、いや、ことによれば百人以上の観光客を呼ぶのに相当する経済効果が生まれるはずだ。乗り越える問題は山ほどあるだろうが、実現すれば、人口も増えるし、若いときに都会に出て行っても年齢を重ねればきっと「暮らしたくなる街」の良さを実感し戻ってくるだろう。ストロー現象*などに怯える必要もない。結果として、観光客だって増えるに違いない。間違っても、地域の人々の生活とは無関係な大型施設を造るような愚行だけは避けてほしいものである。
*ストロー現象…大都市と地方都市間の交通網が整備され便利になると、地方の人口や資本が大都市に吸い寄せられること。
※風の季節便(2016年春〜秋号)より転載