行き方がよくわからない旅行ガイドブック
私は、運転中にはラジオをよく聴く。先週の日曜日、面白い話をやっていたので紹介したい。「今、行き方がよくわからない旅行ガイドブックを考えているんです。例えば、金閣寺のことは書いてあるけど行き方はちょっとしか書いてない。行き方は、街の人たちに聞けばいい。そうすれば、街の人たちとも触れ合える。そもそも京都の街歩きを楽しみ風情を感じたかったはずなのに、ガイドブックばかり見ていて途中の街の風情を全く楽しめなかった。そんなことってないですか。不便だから益があるんです」。そんなガイドブックが売れるのか?とは思ったが面白い。
この番組は「道上洋三の健康道場(TBSラジオ)」で、面白い話をしていた人物は、京都大学デザイン学ユニット教授の川上浩司氏である。番組は続き、川上教授は「今、考えているのは、ひと工夫しないと正解にたどり着けない検索エンジン。今は、出てきた結果を信じるしかない。正しいかどうかを確認する方法がない。それをひと手間かけて確認できる。そんな検索エンジンがあったらいいと思うのです」。とこれまた妙な話だ。道上洋三が突っ込みを入れる。「先生は、調べて納得したいタイプですか」。「そうですね。自分で調べて正しいと分かったことだけを信じたいタイプです」。「先生は、新聞記者に向いています。裏を取らないと書かない」。「そうですか。新しい発見ですねえ」。ラジオで一回聴いただけなので一言一句正確ではないが、こんな趣旨のことだった。
不・便益ではなく不便の益のこと
川上教授は「不便益システム研究所」を主宰している。同研究所のwebサイト*では「不便益って?」と題して以下のように説明している。
不・便益ではありません。不便の益(benefit of inconvenience)です。便利とは、手間がかからず、頭を使わなくても良いことだとします。そうすると、不便で良かった事や、不便じゃなくちゃダメなことが、色々と見えてきます。
【不便益デザイン】
「人工物に囲まれた生活の弊害」に警鐘を鳴らすトレンドでも、「昔の生活に戻れ」と主張する市民運動でも、単なるノスタルジーでもなく、不便益を活用するシステムデザインの指針を研究しています。
【不便益デザインのお手本】
便利の押しつけが、人から生活する事や成長する事を奪ってはいけない。日常なにげないバリアをあえて作り込んで身体能力を衰えさせないという考え方(バリアアリー)と、それを実践しているデイサービス。(後略)
身の回りにも沢山ありそうだ
確かに、最近は、階段や長いスロープをわざと設置し、お年寄りの体力低下を防ぐ介護施設が出てきた。“バリアフリー”ではなく“バリアアリー”である。
昨年、教えていた亜細亜大学の4年生が学校近くの歩いて通える寮から自宅へ戻ったために通学時間が片道2時間半かかるようになったが、この学生は、その後、読書量がとても増えた。
PCばかり使っていると漢字を忘れてしまうが、キーボードを使わず、入力ペンを使って不便にして漢字を忘れないようにする。これらもみんな不便益であろう。
考えたら、身の回りにも沢山ありそうだ。旅行はどうか。今は、スマホで現在位置も分かるし、行先までナビゲーションしてくれて所要時間までわかる。確かに便利だが、まるで日程を確認しに行っているようなもの。風情などどこかに吹っ飛んでしまう。旅にはトラブルがつきもの。トラブルという不便も意外な発見があって忘れられない思い出になることも多い。計画通りという“便利”がいいとは限らないのである。
本物=不便(偽物=便利)と捉えれば
しかし、まさか、私たち旅行会社がトラブルや不便を演出することなどできない。但し、本物=不便(偽物=便利)と捉えれば、本物を見ていただくことは不便益なのかもしれない、と川上教授の話を聴いていて思った。
世にいう観光地は“便利”にできているが、やはり“しつらえもの”の感が拭えない。一般にこれを“観光地化”ともいうが、確実に観られるし手続きも簡単であり、旅行会社も計画しやすい。弊社とて、こういう観光地をツアーに入れている。しかし、“不便”ではあっても、こうした観光地を外れて、本物を見よう、お試しじゃなくて本物を体験できるようにしよう、と果敢に挑戦することこそが弊社の役割ではなかろうか。
但し、現地スタッフは、便利な方が良いと考えるのが一般的である。お客様は、砂漠でテントに泊まりたかったのに“快適”なロッジを用意してしまう。良かれと思った配慮が“便利害”となってしまっては何もならない。現地への丁寧な説明が必要だ。
今年も、スタッフが海外への下見に頻繁に出かけた。インド、オーストリア、ジョージア、韓国、ネパール、モロッコ、チベット、バヌアツ、インパール(インド)等々だ。下見は、金も時間もかかる。しかし、スタッフたちは、あえてこの“不便”を積極的に買って出る。不便=手間がかかるが、この手間が益を生む。安易に流れ手間を惜しんではならないということだ。
* 不便益システム研究所webサイト:http://fuben-eki.jp/
※風の季節便(2018年春〜秋号)より転載