生前、比田井博(弊社元オーナー)は、「思いが感じられないよなあ」とネパールのトレッキングで使うバッティ(ロッジ)のことを残念がっていた。「料理は、美味しいものを食べてもらおうという愛情がこもっていなきゃあ美味しいはずがないもんなあ」ネパールの山小屋の食事に美味しさを求めることなど、私は考えも及ばなかったが、確かに、バッティの食事は美味しくはなかった。
どこのバッティにも薄汚れたメニューが置いてあった。フライドライス、フライドヌードル、ハッシュドポテト、、、。およそネパール人が普段口にしないようなものばかりだ。これを美味しく作れという方が土台無理な話だ。まして、愛情を込めろと言われても詮無きこと。ダルバート(ネパールの一汁一菜の定食)もメニューにはあるが、何故かこれとて美味しくはない。
誰から教わったか知らないが、どのバッティも同じようなメニューだ。特に工夫などしなくても、トレッカーがやってくれば、料理の美味さなど関係なくお金が入る。まして、軒先にミネラルウォーターやコーラ、ファンタなどをただ置いておくだけで何時かは売れていく。出がらしみたいなチャイだってトレッカーたちはお金を払っていく。
こういう風景はネパールに限ったことではない。行きずりの観光客を相手にして、美味しくないことは承知の上で相場以上の値段を取って漫然と商売を続けている店は日本にだって山ほどある。
比田井は、親しくなったネパール人に招かれて民家で食べさせてもらうダルバートがとても美味しいことをよく知っていた。時間を掛けて愛情をこめてもてなす料理が美味しくないはずがない。それを、比田井は、「つきのいえ」で出したかったのだ。
「つきのいえ」は、比田井が構想した「かぜのいえ」の最初のいえだ。前週で紹介したとおり、比田井は、農場の中に宿泊施設を作ることを考えたが、ヒマラヤを望む斜面は北向きだから農場には不向きでであった。その結果、宿泊施設としての「つきのいえ」が残った。
どこにでもあるバッティを作って小銭を儲けようなどと比田井はまったく考えなかった。自分が温かく迎えられたネパールの民家をそのままロッジにして、美味しいダルバートを食べて欲しい。それが、ネパールで最も素晴らしい経験になる。そう比田井はきっと言いたかったのだと思う。
どんな仕事も、モノを右から左にただ動かすことで金儲けをしようとすれば実に味気ないものになる。働く私たちにとっても殺伐とした作業にしかならない。比田井は、そのことを私に教えてくれた。
11月にカトマンズにオープンする「風ダルバール・カマルポカリ」も、そんな比田井の思いをプリスビー(NEPAL KAZE TARAVEL社長)が引き継いで、心温まる宿泊施設になるに違いない。
旅行という仕事は、どんなに私たちが思いを込めても全く違う結果になってお客様からお叱りを受けることもある。そんなときは「自分のせいじゃない」と、つい言い逃れをしたくなる。ネパールのどんな商売も、この言い逃れで終始切り抜けてきたように思う。ネパール人であるプリスビーが、それを脱して自らリスクを取ってやるのだから、私たちも心して真摯に取り組んで行こうと思う。
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