小田実の『何でも見てやろう』(講談社文庫)を読まれた方もきっと多いことと思う。私は、今まで、なんとなく避けてきた。なぜなら、小田実という人は、あれこれ物議をかもし、その度に、どうも理解できないことが多かったからだ。
小田実が“アメリカを見てやろう”と、米国のフルブライト基金の留学生として旅だったのは、1959年。世の中が60年安保に向けて騒然とし出した頃だ。この時期に、アメリカへ行ってやろうと考えたこと自体が、かなり周りとは違っていたことと思う。
周りと同じである必要はないし、あれこれ色眼鏡で見ないで「何でも見てやろう」という精神は、私も大好きである。小田実は、留学を含め約2年間の貧乏旅行から帰ってきて、『何でも見てやろう』を書き一躍有名になった。その後、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)で平和運動を開始するが、『何でも見てやろう』は、“変な右翼が出てきたものだ”などと評する人も出て、やはり評価は分かれたようだ。
旅行記というものは、大抵は、散漫な文章になりがちで、本人には大事なことでも、読者にすれば、どうでもいいことがあれこれ書かれて少々イライラすることが多い。読者としては、そんな細かな話はどうでもいいから核心はなんだとつい思ってしまう。『何でも見てやろう』も、なかなか核心が出てこなくて困ってしまった。そこは、我慢だ。
しかし、“そうだ”と頷けることも多く、この部分をもっと突っ込んで欲しいとも感じた。例えば、米国からヨーロッパ、中東、インドへと旅をする中で、貧困という問題と、自己の感情の対象化に四苦八苦している。ヨーロッパの貧困とインドではまったく違う。その通りだろう。
しかし、読み進んでも、疑問を抱くことも多かった。インドで、自分がスラムの中で寝泊りしたとき、底の底を見たというが、それは、本当だろうか。底の底とは、たった何日かの経験や、そもそも旅人に経験できるものだろうか。インドなどの国で、ボロきれすら纏わず、笑いを忘れた顔に出会うことが貧困の理解になるだろうか。
私は、小田実を批判しているわけではない。貧困について語ったあれこれ矛盾する表現は、消化し切れていないだけで、目にして“感じる”ことで、自己の体の中に落としていく。そんな作業を小田実はしたのだと思う。そのことにはただただ脱帽する。
私を含めて、戦後の日本人が米国、西欧へ抱いてきた劣等感は、アジアに対しては、優越感として裏返しの構造にあると私はずっと感じてきた。アジアの国々が台頭する中、今一番自分の位置が不明瞭になっているのが日本人ではなかろうか。経済力だけでない、本当の日本人のありようが問われているように思う。
『何でも見てやろう』は、そんなことを再度、私に思い出させてくれた。是非“何度も読んでやろう”の精神でお読みいただきたい一冊である。