思い出横丁

*風のメルマガ「つむじかぜ」725号より転載

まるで初詣の参道のような人混みに少々辟易としながら、新宿の思い出横丁を通り抜けた。以前から西武新宿駅に抜ける道としてよく使ってきたが、次回からは止めておこうと思う。横丁の中ほどにある立ち食い蕎麦屋も、相変わらず外人で長い行列ができていた。

かつては「ションベン横丁」と呼ばれ今は「思い出横丁」の看板がかかったこの線路脇の横丁は、他の東京の街が次々と開発が進む中、一時は、すっかり忘れられ店は閑散しひっそりとしていた。それが、訪日観光客の激増のおかげで息を吹き返したというわけだ。悪いことじゃないが、遠い存在になったように思う。

ところが、なんと、その人気に便乗するかのように、日本人まで増えているという。昭和を知らない世代にとっては、あのごちゃごちゃ感は新鮮で人気が出ているらしい。GWに大阪の天王寺駅の近くに宿をとった時、昭和そのままの天王寺商店街と駅を挟んで反対側に聳え立つ「あべのハルカス」の対比に驚いたが、天王寺商店もやはり若者に人気が出ているそうだ。煙草を吸わなくなった私には、今は、他人のたばこの煙がつらくて居辛い場所にすぎない。

新宿は、私にとっては故郷につながる街であり、東京の他の街とは少々思い入れが違い妙に愛着がある。今からもう40年以上前になるが、学生時代、中央線の急行アルプスで新宿からしばしば帰省した。帰省から戻ると、まっすぐアパートには向かわず、新宿で映画をみたりして時間を過ごした。そうすることで、田舎ですっかり緩んでしまった心が、次第に東京モードに変わっていく。自分は、これから何をしたいのかもわからず、将来が全く見えなかった当時は、新宿のようなカオスに自分の気持ちを同化させたかったのかもしれない。

社会人になって東京で働いた後、いったんは長野県に戻ったが2年で東京に舞い戻った。戻って働きだしたのも新宿だった。今、新宿は、外国人を飲み込んで活気を取り戻し、なんだか一層怪しくなってきた。もう、そういう怪しさと同化する気分にはならないが、「思い出横丁」はともかく、時々、あの混沌とした空気を吸うのも悪くはない。忘れてしまった感性を取り戻せるかもしれない。

★弊社代表取締役原優二の「風の向くまま、気の向くまま」は弊社メールマガジン「つむじかぜ」にて好評連載中です。

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