一歩入るだけで、「ここは違う」と思われる場所がある。 「ここは違う」は「ここは特別な場所」という意味である。 そういう場所にしばらく棲むことになった。
発端は、風の東京本社へ住まい移転のお願い。 キッチンのある場所に住みたい、と要望したのだ。 非常にありがたいことに快諾を頂き、すぐに引っ越す運びになった。 うちのシミカルボとシロも一緒だ。
その館はいちおうホテルの体裁はとっているものの、その豪華で重厚な造りは年季を感じさせる。 それもそのはず。 バルコルの南に位置するその建物は、ダライラマ政権時にネパール大使館として機能していたところだ。 オーナーに尋ねると、二百数十年の歴史があるらしい。 中庭の芝生は綺麗に整備され、白兎が二匹住んでいる。 見上げると縦長のタルチョが五色、風に揺られてたなびいている。 積乱雲状の巨大な雲が藍色の空に立体的に浮かんでおり、まるで生き物のように存在感がある。 そして、その中庭や部屋へと通じる回廊は静寂に包まれている。 お客さんがやや少ないためか、中国人がめったに泊まらないためか、それとも、その場の風水の流れがそうなっているのか、耳が痛くなるほど静かな空間だ。 時折、ホテルの従業員が歌いながら、ほうきで廊下を掃くのが聞こえるぐらいか。
ここなら休める。 そして、自分の仕事や研究もできる。 キッチンもあるから自炊も。
僕が泊まる部屋は長期滞在者用だ。 壁にはチベット独特の派手な色合いで宝石の模様が描かれているが、不思議に落ち着く色合いでもある。 また、外壁は非常に厚く、80センチぐらいの厚さだ。 チベットの伝統建築では、壁を厚くして熱容量を大きくする設計になっている。 つまり、「夏は涼しく、冬は暖かく」である。 夏は外の熱気を遮断し、冬は室内の暖気を逃げないようにさせる。 ここ数十年に作られたコンクリートの建物とはクオリティが全く違う。
(回廊沿いにある客室)
シミカルボもこの新しい部屋がいたく気に入ったようだ。 部屋が広くなったり遊べる中庭があるだけでなく、もっと本源的な理由があるような気がする。 「ここなら護られている」、という感覚を彼女と共有する。 また、「この建物は実は生きているのではないか」ということを自問したくなる。
思えば、僕はいろんな部屋に住んできた。 ロンドンで住んでいた部屋は、広さ4畳ほどの天井の低いアティックだったり(壁側に近づくと、頭を打つ)、賭博ショップの真上だったり、生活保護を受けて共益費をまともに払わない輩と共有する家だったり、いろいろだ。 そして今、30も後半になってやっと、深く休める場所に巡り会えた気がする。
風の旅行社がラサで使うホテルは4,5つほどある。 実は僕が今回引っ越した、その「ホテルと呼ばれる建物」は、そのうちのひとつなのである。 部屋の広さや内装は違うものの、同じ質の建物の重厚感、存在感。 そして威厳。 この「ホテル」に泊まらないまでも、仏教巡礼路リンコルの寄り道ついでに、のぞいてみてはいかがか? 屋上のレストランでお茶をするのもいいかも。 まだ試していないが、あそこのマサラチャイは絶対においしいはず。 でないと、建物の美しさと調和がとれぬ。 僕の妄想とも!
(足裏の上でくつろぐシミカルボ)
Daisuke Murakami
7月21日
天気 くもり
気温 13〜22度 (数週間前に比べて涼しくなってきました)
服装 シャツ/Tシャツ+長ズボンが一般的。 紫外線がかなり強いので、日焼け対策は必須。 異常乾燥注意報も引き続き発令。 あと、雨具は必ず持ってきてください。