チベットの代表的な舞踊といえば、コルシェ(円環状ダンス)であろう。
このコルシェは、結婚式やロサール(正月)などめでたいときに踊られるものである。 みんなで環になり、掛け合い言葉(愛の告白)をかけながら、ほぼ一糸乱れることなく手足を振りながらリズムよく踊る。 踊りながら円環全体が回転していくのだが、最初はゆっくり、そしてどんどん速度を速めながら、クライマックスへと盛り上がっていく。 酒の力を借りたほうが、見ている方も踊っている方も熱くなって面白い。
(チベットの伝統舞踊、コルシェ)
さて、このコルシェは、どういうわけか(というか案の定、)ラサ人の夜の遊び場である、「チベット・ディスコ」ナンマでも踊られる(→「ナンマ」の生態に関しては僕の数年前のブログ記事参照)。 ナンマでは、中国やチベタンポップス、漫才、民族衣装ファッションショー、マイケル・ジャクソンのパロディ(というか正真正銘本気のイミテーション)などで、いろいろ我々を楽しませてくれるのだが、中でも超人気なのが、みなでステージにあがり、チベットの伝統音楽をポップス化した曲で、上のコルシェを踊ることなのだ。 若者から、パンデン(チベットの女性のエプロン)を着けた年配のおばちゃんまで、楽しめる参加型舞踊ショーといってよかろう。
話は変わるが、
一年半ほど前、新疆のウルムチに数日ほど滞在した。 そのとき、現地のウイグル人ガイド・アミナ、そして風のウルムチ駐在の横井さんに頼んで、ウルムチのクラブに連れて行ってもらった。 そこでは、やはり(!)、ウイグル人たちは、伝統民族舞踊と見紛う[みまがう]ような踊りを披露していた。 中央アジアやトルコで流行しているイスラムポップス(この名称は不適当か)をバックに、若人たちは、両腕を大きく広げ、首をクネクネ動かしながら、メヴラーナ教団の信者さながら「自らが中心軸となって」回転しながら踊っているのである。 ウルムチに着くまでは、チベット・新疆の間の「何もない土地」を見てきた僕の目には、その踊りはまさに官能全快そのものであった。
司馬遼太郎の『空海の風景』に空海が留学先の長安で色目人の刺激的な踊りを観たであろう描写があるが、僕の目には、ウイスキーの力と旅人独特の妄想のせいもあってか、その歴史的な情景がオーバーラップし、不思議な気分になったものだ。
(ウルムチのクラブにて)
それはさておき、
僕が注目したいのは、チベット人でもウイグル人であっても、伝統的な民族舞踊をクラブでも踊りきるセンスというか迫力・堂々感である(「盆踊り」をクラブで踊る日本の若人がいるだろうか? ;注1)。 そして次に、チベット人とウイグル人のダンスの「センスの違い」である。 勿論、僕は新疆の伝統舞踊には全く暗いし、チベットでも多彩・多様な舞踊形態があるので、いい加減な比較はできないが、勝手な妄想は許されよう。
僕がチベット人のコルシェを見ていつも思い出すのは、江戸時代の百姓一揆の血判状である。 それは、誰が一揆の責任者・首謀者かを隠蔽するために、円環状に書かれることが多い。 寄せ書きのように賛同者それぞれの署名と血判が円く連なっており、「中心」や「最初」がどれか分からないようになっているのである。 チベット人のコルシェの中心には何もなく(聖なる印の「お香」ぐらい)、みな同時に同じ動きをし、(それが赤裸々な愛の告白という内容とはいえ)同じ掛け声をかけ、そしてそれはとどのつまり、全体の踊りを導く責任者・首謀者が不在ということなのである。
これは、上で見たウルムチのクラブでのウイグル人の「民族舞踊」と比べると、より一層際立つ。 ウイグルの若人は、自らが円の中心、踊りの中心となり、踊りの是非や良否の責任は、ダンサー本人に帰することになる。 そういった踊り(の存在)に対する評価が全体に溶け込んでしまっている、チベットのコルシェとは大きな違いだ。 ウイグル人の踊りは、自身が円環そのものになることによって高揚感を得るのに対して、チベット人のそれは、円環の構成要素となることによることによる全体感・充溢感といったところか(日本の盆踊りは間違いなく後者であろう)。
新疆とチベットは中国との地政的な位置づけが似ているのでお互いよく比較される。 その違いはまず第一に、目に見えやすい宗教の違いが挙げられるが、それを少し掘り下げたり、それから離れたりすると、中身は違っても構造的に類似している部分や、民族性と呼ばれるものの特徴が見え隠れしてくる。
Daisuke Murakami
注1) もしかして、少し前に流行った(今でも?)パラパラダンスのあの執拗な腕の動きは、盆踊りの腕の振りをアニメチックにデフォルメしたものなのか?
2月1日
(ラサの)天気 晴れときどき曇り
(ラサの)気温 −7〜6度 (昼間は結構アツイです。公式発表より温度は高いような気がします。)
(ラサでの)服装 厚手のジャンパーやコート、長ズボン。 日焼け対策は必須。 空気は非常に乾燥しています。 念のために、雨具は持ってきたほうがよいでしょう。 昼間はコートは暑すぎるかもしれません。
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