第198回 サドン ~穴を掘る~

tibet_ogawa198_3竹藪伐採

 店舗建設中(第193話)の敷地内の竹やぶをノコギリで伐採した。発生した500本近い竹は、知人が所有する機械を用いて竹チップにし、土壌改良剤として畑に撒くことにしたので一件落着。しかし、厄介なのは竹の葉っぱである。安易に燃やすと竹の葉は上昇気流に乗って舞い上がりやすく、延焼火事を発生しやすいという。地元の古老が「昔から竹の葉を燃やすときは、必ず大きな穴を掘ったものだ。まず葉っぱを穴に入れて、その上に枝や木で蓋をするようにして燃やすと舞い上がらない」と教えてくれ、さっそくスコップで畑に穴を掘りはじめた。初冬の寒さのなか次第に汗をかいてきた。穴がだんだん深くなっていく不思議な達成感。竹葉のためなのか、なんのためなのか分からなくなってくる心地よさ。すると、いまから23年前の思い出が甦って来た。

tibet_ogawa198_1穴を掘る筆者

 22歳の僕は北海道の農業高校に理科の講師として赴任した。ところが、その高校はいわゆる不良の集まりで僕の授業は毎回、崩壊状態(第141話)。精神的に追い込まれた僕は穴を掘りつづける行為に、なぜか、逃げ場を見出した。生徒たちの寮の隣には小さな空き地があった。そこを畑にするという理由で、僕は深さ1メートルもあるかという穴を次々と掘っては埋める作業を繰り返したのである。「ボラ(僕のニックネーム)、なにしてんの?」と覗き込んでくる生徒たち。なぜ、穴を掘ろうと思い立ったのかはまったく思い出せない。でも、あのとき、汗だくで穴のなかから見上げた夕焼けと、夕焼けを背景にした生徒たちの笑顔がたまらなく美しかったのを鮮明に思い出すことができる。そして、穴掘りのおかげでどんなに辛くても夜はぐっすり眠ることができたし、思わぬ副産物で、その畑で育てたジャガイモは驚くほど素晴らしく、学生食堂のおばさんたちから感謝された。

それから10年後、スカンジナビアに伝わるエリシオという民話を読んだとき、真っ先にあの日の自分を思い返した。一節によると、エリシオはただひたすら穴を掘っては埋めるという作業を意味もなく一生繰り返して死んでいったという。ただ掘って、ただ埋める。掘って、埋める。掘って、埋める……。なぜだか、この民話が僕の心に響いてしまう。

 そういえば、昨年、筑北村で開催した葛根湯を作るワークショップでも「掘る」作業で盛り上がった。山のなかで葛を探し、掘り取り、刻み、洗い、配合して葛根湯をゼロから作るという、いわば薬のグレートジャーニーである。とはいえ、参加者には都市部からの女性が多いこともあり、掘る作業は簡単に済ませようと予定していた。なにしろ、葛根の掘り取りはジャガイモやサツマイモとは訳が違う。1メートル近く掘り下げる、いわば土木作業に近いのだ。

tibet_ogawa198_4葛根を掘る

ところが、予想に反して女性も男性も掘る作業に夢中になっているではないか。誰もスコップを置こうとはしない。「あのー、そろそろ次の工程に移りたいんですけど…」と切り出せず、気がつくと1メートル近い根茎が次々と掘りだされた。みんな汗びっしょりだ。充実感に満たされている参加者を眺めながら、「掘る」ことの不思議な魅力について改めて考えさせられた。もちろん、都会で生活していると本格的に掘る機会はまずないだろう。そもそも、都会はセメントとアスファルトで埋め尽くされて掘るチャンスがないではないか。なんなら、スポーツクラブのなかに「掘る」コーナーを設けてみてはいかがだろうか。ちなみに、葛根湯講座は薬学的にはここからが本番にも関わらず、まるで「祭りの後」のような雰囲気のまま進行していったことを付け加えておきたい。

tibet_ogawa198_2採掘した葛根

 冒頭の続きだが、竹葉の火は穴のおかげで空気が制限され、じっくりと燃えてくれた。途中、風が強く吹いてヒヤっとしたが、なるほど、覆った小枝たちが空に舞い上がるのを防いでくれている。先人の知恵の偉大さに感服である。そして、穴は実用的にも凄いことを知ることができた。

 今度、信州でいっしょに穴(チベット語でサドン)を掘りませんか? スコップは用意してありますよ。

参考文献  大崎善生『報われざるエリシオのために』

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