第203回 ロクラム ~ゆい~

tibet_ogawa203_3漆喰を塗る僕たち夫婦

 秋の長雨が終わった9月25日。古い小屋を解体し整地作業をはじめた。これから店舗建設がはじまる。整地は土地が乾く10月が適している。おかげで1カ月で終えることができた。11月3日には敷地内の木を伐採した。伐採は樹木が水分を吸い上げなくなる晩秋が適している。水分含有量が低いから木材の乾燥が早く進む。伐採した木の枝を燃やすのは冬が適している。山の木々の葉が落ちてしまうので山火事になる心配が少ない。なによりも燃える火は寒い冬に似合っている。身体を休めるのは1、2月がいい。土地が凍み雪が降ってなにもできないので諦めがつく。木材の刻みは3月がいい。ちょっと暖かくなってきて作業をしやすくなる。石で家の基礎を作るのは初春がいい。土地が緩んで穴を掘ることができる。建て方をするのはゴールデンウィークがいい。暑くもなく寒くもなく日差しが柔らかくて高所作業が安全だ。しかも見物人がたくさんいるのでやる気がでてくる。漆喰を塗るのは絶対に梅雨がいい。漆喰が乾くまで時間がかかるので素人の僕たちは塗り直しをすることができる。店の内装をするのは初夏がいい。信州の夏、室内は涼しいので作業がはかどる。そして店をオープンするのは夏がいい。きっと夏休みで多くのお客さんが訪れてくれるから。こうして季節の移り変わりとともに薬房・森のくすり塾が完成し8月1日にオープンした。

tibet_ogawa203_14人の大工さん

建設の指揮をとってくれたのは地元の大工の新保さんだ。木材の刻みには地元の若手大工2人が加わった。いよいよ建て方になると地元の自治会長も参加。屋根に登って4人の大工さんが大きな掛矢(かけや)で柱をいっせいに打ち付けると、「コーン、コーン」と大きな音が野倉の集落全体に響き渡った。いい音だ。さらに会長がおやじギャグを連発すると梁の上からみんなの笑い声が響きわたった。僕たち夫婦も素人ながらに頑張った。たとえば整地、ゴミ撤去、杉枝の燃焼、石運び、断熱材張り、防水紙張り、壁板張り、漆喰塗り、什器作成、石段作りなど。漆喰はプロの左官のように綺麗に仕上がらなかったけれど自分の作品だと思うと不器用は愛嬌に変わる。ときには東京の友人たちも駆けつけて手伝ってくれた。竹の伐採、薪運び、栗の木の皮むきなど。ある女性は「手伝ったことは一度もなかったけれど、亡くなった父は大工でした」と語りながら壁の釘打ちに夢中になっていた。

新保さんによると建築は「折り置き組」と呼ばれる伝統工法だそうだが難しいことは僕にはわからない。ただ、伝統工法のいいところは「みんなが参加できること」、言い換えれば「みんなが参加しないとできない」ことにあると思っている。同じように「四季を感じること」、言い換えれば「四季の移り変わりに応じて作業を進めざるをえない」ことにある。だから、ひとつひとつの箇所を見るたびに一人一人の笑顔が浮かんでくる。そのときの季節の感触が甦ってくる。敷地内の切り株を見るとかつての木々の姿が懐かしく感じられる。そして、それはチベット薬や日本の伝統薬にも当てはまる魅力だと僕は思っている。

tibet_ogawa203_2建て方

「こういうのを“ゆい”というんだよ」と古老が教えてくれた。かつての村落では田植えにしろ家を建てるにしろ、村人がいっしょに助け合いながら行っていた。交通が発達する以前はそこに住む人たちで助け合わなくては生きていけなかった。だから“ゆい”が自然と生まれた。小さな村のなかには鍛冶屋、大工、農夫など多様な職種があり、小さな自給自足社会があった。(個人ではなく)多様な農村社会を称して「百姓」と呼ぶという説もある。そして、そのなかの一つに薬草を採取する人もいたという記録が残っている。ゆいのなかの一つとしての薬草。僕は“ゆい”のなかに息づく医学・薬学が大好きだ。そして、それは僕がチベット医学に憧れた理由のすべてといえるかもしれない。チベット語で直訳するとロクラム(助け合い)が“ゆい”にあたるだろうか。

 野倉で育った木と石とともに。野倉の季節の移り変わりとともに。そして野倉の人々とともに。こうして店舗を建てることを通して僕たち夫婦は野倉の“ゆい”の仲間に入れてもらえたような気がしている。

tibet_ogawa203_4店内

 

~案内~
薬房 森のくすり塾 
“くすり”は森で、森が “くすり”。お薬が必要なかたもそうではない方も、どうぞお気軽に立ち寄ってのんびりと過ごしてください。それがなによりもの“くすり”だと私たちは考えています。また、森のなかで薬草をとおして“くすり”を学び、みんなが氣楽に集い学べる「塾」のような存在でありたい。そう願って「森のくすり塾」と名付けました。薬房では越中とやまの薬をはじめとした日本の伝統薬。西洋ハーブ・アロマ。その他、書籍、麦芽飴、お香、入浴剤など私たち夫婦二人にとって思い入れが深いアイテムを取り揃えました。
平安時代、薬草の貯蔵庫のことを野の倉(野倉)と呼んだそうです。ここの土地と出会えた偶然に感謝しつつ、古くて新しい“くすり”の歴史を育んでいけたらと意気込んでいます。どうぞよろしくお願いいたします。

tibet_ogawa203_5薬房 森のくすり塾

                            小川 康(薬剤師) 美紀
                  〒386-1437 上田市野倉841 塩田水上神社隣り
                             Tel&Fax 0268-38-9606
                営業時間 10時~17時
                定休日 8月は水曜日。9~12 3~7月は日、月曜日
                その他、不定休があります。1,2月は冬期休業の予定



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出発地東京(成田)
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