薬房の看板
田舎のおじいちゃんはかっこいい。なかでも望月(現・佐久市)の農場(第43話)のおじいちゃんは最高にかっこ良かった。昭和三年生まれ。最年少飛行兵として14歳で入隊。「富山の出身です」と自己紹介すると「広島で新型爆弾が投下されたと無線で知ったのが、ちょうど富山の上空を飛んでいるときだったなあ」と述懐してくれた。戦後、実家の望月に戻り農業をはじめた。当時はまだ珍しかったトラックを先駆けて購入し、大根を積んで築地の市場まで往復したという。頻繁にトラックが故障するのだが、その度に自分で修理をしていたと楽しそうに語ってくれた。おじいちゃんは猟師で、畑の周りで悪さをする鹿を自ら撃っていた。鹿避けのために、畑の周りには仕留めた鹿の頭がたくさんぶらさげてあったのだが、さすがに気持ち悪かった。
僕がトラクターの運転を覚えて間もないころのこと。畑の際(きわ)をギリギリまで耕運していると、則面が崩れてトラクターが転倒しそうになった。農作業中の死亡事故の典型例である。慎重に脱出すると走って助けを求めた。駆けつけたおじいちゃんは迷うことなく乗り込むと、見事な操縦でトラクターの頭を谷底に振って、そのまま「ストン」とトラクターごと頭から滑り落ちた。「すげえ―!」。さすが元パイロットである。やはり僕が軽トラックを泥濘にはめて脱出不可能になったとき、おじいさんは手元にあった藁縄をすばやく編んで軽トラックに結びつけ脱出に成功した。「こうして編むとワイヤーなみの強度がでるぞ」と教えてくれたが難しすぎて覚えられなかった。おじいちゃんが研いでくれる菜っ切り包丁は抜群の切れ味だった。ちょんと突いただけでレタス、キャベツ、白菜が収穫できるので作業能率が格段に上がった。そしておじいちゃんは寡黙で、それらの技術をけっして自慢することはない。最高にかっこよかった。
材木棚
おじいちゃんの世代、具体的には現在80歳以上の世代の人たちの「あたりまえ」の技術に僕は憧れている。たとえば現代の僕たちは学校教育のおけがで野球、バレーボール、サッカー、卓球などのスポーツを最低限のレベルでこなせるように、おじいちゃんたちの世代は、小屋づくり、木こり、刃物研ぎ、薪割り、ロープワーク、機械修理、醤油・味噌づくり、キノコ狩り、薬草採取、農作業などをある程度のレベルでできる人の割合が高い。そして僕も、それぞれの技術が一流ではなくても、平均的にある程度のレベルになりたいと意気込んでいる。そのなかで薬草に精通することは「かっこいいおじいちゃん、おばあちゃん」の条件の一つとして欠かせない条件であり、ここだけはクリアしていると自負している。考えてみれば、チベット医学は現代社会にとって「かっこいいおじいちゃん」のような存在だとはいえないだろうか。
薪棚
この秋は「かっこいいおじいちゃん道」への修行の一つとして薪棚作りと収納小屋、店の看板づくりなどに挑戦した。まず全体像をイメージしてみるが、立体構造は平面と違って難しい。次に材木を選び寸法を測る。これらは店の建築時にはやっていない作業だけに大変さが身に沁みた。屋根のこう配はどれくらいが適当なのか。強度は大丈夫なのか。次々と疑問が浮かびあがっては作業の手が止まった。棟梁の指示通りに作業をこなすことと、自分でイメージしながら創ることとはまったく違う。そして大工仕事を終えたらノミの刃(チベット語でディ)を研がなくてはならない。刃物が貴重だった時代には毎晩、刃物を研いでいたことだろう。研ぎ方を教わって努力しているけれど、望月のおじいちゃんの切れ味にはまだまだ遠く及ばない。
刃を研ぐ
さしあたって来年2018年の目標は刃の研磨の上達と農機具の修理ができるようになることである。そして13年後の60歳を目標に「かっこいいおじいちゃん道」の修行を完了させたい。あいにく年金はあんまりもらえそうにはないけれど、けっこう楽しい「おじいちゃんライフ」が待っているような気がしている。ただし「寡黙で自慢しないこと」。この条件は僕にとって一番難しい最後のハードルとなるだろうと予想している。
参考
「かっこいいおじいちゃん、おばあちゃんになるための薬草ワークショップ」を富山県氷見市で開催したことがあります。※リンク先ページ内の新聞記事へのリンクは削除されています。
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