手作りコーラの原料
「例えば災害が起こった非常事態において、コンビニエンスストアでいちばん頼りになる飲料はコーラである」と講演会で(あえて)発言すると「え?」と驚かれる事が多いので、ここで丁寧に弁明しておきたい。実際、僕は月に2、3本ほどコーラを飲んでおり、特に肉体労働の後のコーラは身体に沁みる感がある。
コーラは1886年にアメリカの薬剤師ジョン・ペンバートンが建国当時アメリカで問題になっていた精神病の薬として開発したことに起源がある。当時、炭酸水合成の成功に伴い、炭酸を精神安定薬として用いることが流行し、コーラはその一つであった。処方内容は企業秘密とされているが、おおよそナツメグ、コリアンダー、レモン、シナモン、ネロリなど穏やかな薬草を主体とした濃縮液、そこにカラメル、カフェイン、炭酸を加えた飲料のようである(注1)。日本では昭和30年代に爆発的に広がりをみせた。それは映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のなかで、もたいまさこ扮するタバコ屋が「この黒いジュース飲んでみな」と勧める場面に象徴されている。そういえば95歳で亡くなった母方の祖母はドクダミなど野草を愛するいっぽう、それ以上にコーラが大好きだった。コーラが身体に良いか悪いかの論議はさておき、年配の世代のなかには炭酸の喉ごしとともに良き思い出の一ページとして刻まれている。
かつてコーラの味はいまとは全然違っていて薬草の味が強かったと、それは、それは、みなさん熱く語ってくれる。どうやら昭和40年代に入ったあたりから薬草臭さを減らし、甘味をどんどん増やすことで子どもたちへの需要を増やしていったようだ。そして昭和50年代、僕の幼少期にコーラは「骨が溶ける」という噂とともに悪役のレッテルを張られていた。とはいえキャップの裏のスポーツカーや、辛口甘口伝説など楽しい思い出がたくさんあるし、「ちょい悪」だったからこそかえって興味が湧いたともいえる。そしてインドで暮らしたときに改めてコーラの有難さを実感できたのである(第99回)。
ちなみに八世紀に編纂された四部医典にはコーラのような炭酸性、つまりチベット語でブワ(泡)のある薬用飲料として蜂蜜一味酒が記されている。現在は実践されていないが、方解石(炭酸カルシウム)の化学反応を利用して炭酸を生みだしている知恵はきわめて理にかなっている(注2)。
結局は昭和40年以降、甘味を多量にいれて嗜好性を強くしたことが問題なのだと思う。または、真っ黒な飲料が神秘的に映るが故に好奇心をそそられる人たちがいれば、その反対に毛嫌いする人たちもいるというもの。ならば砂糖を減らし薬草を自分で配合して作ってみればと思い立ち、「薬草炭酸飲料ワークショップ ~コーラのようなものを作ってみよう~」という親子講座を長野県筑北村で開催したことがある。ナツメグ、コリアンダー、生姜、シナモン、胡椒、レモンなどの薬草を各班でブレンドし、煮詰めて、濾して、少しの砂糖(もしくは蜂蜜)と炭酸を加えたら出来上がり。さらに班ごとに模造紙にまとめて、飲料にオリジナルの名前をつけてもらい、そのコンセプトを発表してもらったところ会場はけっこう盛り上がった。
現代薬であれ伝統薬であれハーブであれ健康食品であれ、ナチュラルかケミカルかではなく、はたまた健康に良いか悪いかという分類ではなく、「お金で買う」か「自分で手間をかけるか」というカテゴリーで考えてみてほしい。自分で作り、その歴史と過程を知ると神秘性は消え去り、そこに愛着が生まれてくる。自分で作ると柔軟に対応できるようになる。事実、薬草の先進国である台湾では風邪をひいたときコーラを温めて生姜を加えたホットコーラを飲むというが、「作る側」だからこそ生まれる発想である(注3)。いざというときにはカロリーが高く、カフェインを含んでいるので疲労回復効果が期待できる。
だからといってコーラが身体に特別いいというつもりはない。肉体労働が減っている現代ではコーラのカロリーは過剰になりがちだろう。コーラに代わる炭酸飲料は豊富にある。ただ、まずはコーラ、コーヒー(第239話)、砂糖(第227話)、タバコ(第232話)、日本社会に深く根ざしてきたこれらを薬草の大先輩として敬意を表したうえで薬、薬草の学びをはじめたならば老若男女を問わず、多くの人たちが「薬の学び」に興味を持ってもらえるのではと思っている。だから、物議を醸すのは承知の上で、僕はあえて冒頭のお題を投げかけるのである。
注1
麻薬作用のあるコカ葉と興奮作用のあるコラの実がコカ・コーラの名前の由来とされている。コーラに関する情報は主にWikipediaによる。
注2
蜂蜜一味酒は蜂蜜を1デ(両手杓4杯)に/水を6デ加えて煮て濾す。/2デになるまで煮詰めてから水を1デ加える。/冷えてから木製の御椀に入れて、搾りたての乳ほどの温かさになったら/酒酵母の固まり両手杓1杯分をナイフで切って布に包み入れる。/御椀に木を渡して、その中央から紐を垂らして方解石の固まりを液に浸ける。/カルダモンを一度だけ挽いたものを投与し布で蓋をする。/その温かさを保ったまま三日間寝かせなさい。/発酵すると酸味がし外に泡(ブワ)が出てくる。/そして辛味三薬(生姜、ナガコショウ、胡椒)を加味し/夜と夜明け前に一口だけ服用しなさい。
(四部医典・結尾タントラ第10章)
注3
ホットコーラは台湾だけでなくヨーロッパなど多くの国で実践されています。
参考
こんな講座も開催しました。
「稀人アカデミア」(外部サイト)「薬草からコーラまで!学校では教えてくれない“おくすり”講座」参加レポート