第265話 チャムチャム ~お散歩~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

自宅から車で約1時間半。ちょっと遠いけれど縁あって3年前から飯山高校に特別講師として何度かお呼びがかかり、また、高校生たちが課外授業として森のくすり塾を訪れてくれている(第233話)。同じ長野県のなかでも飯山高校生たちはとても大人しい。僕の渾身のジョークにも反応しないし、自分たちの意見も主張しないが、それでいて僕の自由奔放な授業を真面目に聞いてくれている。たぶん富山と同じく雪深い地方だからゆえの気質ではないかと推測することで親近感を覚えていた。

そんな交流が続くなか、2017年の5月には急遽、講師としてお呼びがかかった。入学して間もない高校一年生を10人ずつの班に分けて各班に講師をつけ、斑尾高原を散策しながら自然について学ぶプログラムだという。幸いにして25歳のころ斑尾の近くに住んでいたので土地勘はある。正直、オーソドックスな自然観察会は得意としていないのだが、懐かしさも手伝って承諾してしまった。

そして当日、現場には大学教授など自然観察の専門家ばかりがズラリと並んでいるではないか。「講師の頭数が足りなくて困っていたのかな……」と心のなかで劣等感を抱きつつ、とりあえず(幸か不幸か)僕の担当となった10名の高校生たちに向き合った。

ドクダミドクダミ

さてさて、どのように接しようかと模索しながら、まず足元のドクダミ(第235話)を取り上げて解説してみた。でも心が通い合っている感じがまったくしない。それは彼らの無関心に問題があるわけではなく、正直なところ僕だってドクダミを彼らに覚えてほしいとはそれほど思っていない。自分も高校一年生のときに自然や薬草に興味はなかったではないか。そう心の中で熟考した後に「よし!」と決断した。生徒たちから質問が来るまではこちらから学習的なことは教えない。その代わりに積極的に雑談で盛りあがりつつ質問が生まれるのを待つことにした。


おおよそ班活動(長野では部活動とはいわない)や恋愛やブルゾンちえみなどお笑い芸人の話が中心だったと思う。彼らもそれぞれ友達同士で会話を楽しんでいる。天気は快晴。最高のお散歩日和だ。ちなみにチベット語で散歩は「チャムチャム」といい、その語感が美しい。そしてチベット人はお喋りしながらのチャムチャムが大好きだ。

チャムチャム(散歩)するおばあちゃん(ラサにて)チャムチャムするラサのおばあちゃん

少し離れた別の班々からは草木の名前を講義する声が聞こえ、授業らしい雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。ただ、道端にキハダ(第174話)を見つけたので「今日はこれだけ覚えておいてほしい。大学受験のときに下痢になったら一番役立つ薬だから」とワンポイントだけは解説し、持参した乾燥キハダをみんなに舐めてもらった。

そうして2時間が経過しゴールが近づいたとき、高校生たちがそわそわしはじめた。「この講師、ちょっとやばくねえか。午後の研究発表どうすんだよ」。はじめての彼らからの内発的な質問に嬉しくなった僕は「高原を散策することで普段とは違う話題で盛り上がらなかったかい? 楽しくなかったかい? それこそ自然の力じゃないかな。見たこと、感じたことをそのまま飾らない言葉で発表してほしい」と講師らしい助言を初めて与えた。すると「え……そんなんで本当にいいの?」と彼らは半信半疑のまま午後のポスター発表の準備にとりかかったのである。

そして午後。自然の循環についてなど学術的な発表が続くなか、ついに僕の班の順番がやってきた。生徒たちは体育館の隅にいる僕に視線を送ると、ニヤニヤしながら演壇に並んだ。いまにも吹き出しそうな顔をしていてリラックスしているのがわかる。いい天気だったこと。気持ちがよかったこと。キハダを咬んだら苦かったこと。講師が変わっていたこと。友達といろんな話ができたこと。すると少し緊張気味だった大きな体育館にはじめて笑いが生まれた。

飯山高校生 森のくすり塾でキハダ実習
森のくすり塾でキハダ実習

誤解しないでほしい。オーソドックスな自然学習を批判しているわけではないし、そもそも真面目な発表が標準だからこそ、緩めの発表が意外性を伴って輝くというもの。だからこそ、こうして教育スタイルに多様性が生まれることにより全体でみればバランスのとれた学習授業になったのではと真面目に考えている。そして僕を急遽招聘した理由は、まさにそこにあったのだと帰り際に担当教論がそっと教えてくれて安堵した。

将来、といってもそんなに遠い未来ではなく、5年後くらいに恋人ができたら斑尾高原を散策してほしい。10年後に家族ができたらみんなでここを散歩してほしい。そのとき「そういえば、あのときの課外学習は楽しかったな。あの苦い薬草はなんだったっけ?」と懐かしんでくれたなら、僕のチャムチャム授業は大成功だったといえる。

追記
飯山高校が甲子園に初出場します。


飯山高校生 森のくすり塾で座学

信州の高原 (斑尾高原ではありません)

<小川康さんの講座・ツアー>