南方熊楠(1867-1941)は、生物学者、博物学者、民俗学者として、明治から、第二次世界大戦前まで活躍した人物です。生家は、現在の和歌山市の酒造メーカー「南方酒造」で、現在の「
今回はまず、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録された鬪雞神社を訪問して、旅の安全を祈ります。鬪雞神社は熊野古道の玄関で、歴史があるだけでなく、知の巨人南方熊楠が「クラガリ山」と呼んでキノコや変形菌を採集したお気に入りの場所です。田辺の街を歩いて、南方熊楠顕彰館と熊楠邸を見学します。自然保護運動の先駆者、南方熊楠の旧宅や庭を見て、没後80周年の今も活きている彼の思想を感じていただきたいと思っています。
翌日は、海辺から田辺湾に浮かぶ神島と、ヒキ岩群をご覧いただきます。田辺は小さな街ですが、熊楠による先駆的な自然保護運動や、ナショナルトラスト運動で守られている天神崎などの自然が豊かです。市街地の近くの低山ですが、ヒキ岩群の山頂から晴れていれば田辺湾まで展望が開けます。険しい山ではありませんが、山深いところに登山したような珍しい地形をお楽しみください。地元民にもあまり知られていない岩山を安全に登り、探検気分も味わっていただけたら幸いです。熊楠はヒキ岩群で変形菌をたくさん採集しています。野外で変形菌を観察したいと思っています。
ー土永知子先生よりー
粘菌研修者
土永 知子 (どえい ともこ)
1960年生まれ。奈良女子大学理学研究科博士課程中退。高校生物教師を退職後、南方熊楠記念館学術スタッフ、南方熊楠顕彰館学術研究員。1987年より南方熊楠旧邸で高等植物標本の調査に従事、天神崎の自然を大切にする会代表理事。和歌山県「教育の匠」、環境省稀少野生生物種保存推進員、環境省自然公園指導員、田辺市文化財審議会委員、日本変形菌研究会会員。別冊太陽『南方熊楠』(共著)、熊楠ワークス「生物覚え書き」、紀伊民報「植物ツーショット」連載中ほか。
●南方熊楠
南方熊楠(1867~1941)は、博物学、民俗学の分野における近代日本の先駆者的存在であり、同時に植物学、特に「隠花植物」と呼ばれていた菌類や変形菌、藻類などの日本における初期の代表的な研究者です。
熊楠は和歌山城下に生まれ、東京大学予備門(現東京大学)を中退後、1887年から1900年にかけて米英に留学しました。帰国後、那智での研究を終えた熊楠は、1904年に和歌山県田辺市に移り住み、1941年に亡くなるまでの37年間、田辺のまちを研究と生活の拠点としながら日本、世界に向けて情報を発信しました。
●南方熊楠顕彰館
南方熊楠が晩年の25年間を過ごし、研究に打ち込んだ南方熊楠邸(国の登録有形文化財)の隣に2006年開館しました。南方熊楠邸を保存・公開するとともに、邸宅に遺された彼の知的好奇心を示す25,000点以上の膨大な蔵書や資料を保存・研究し、その成果を発信しています。2019年3月には館内の常設展示を館内の常設展示をリニューアルし、熊楠と田辺のまちをよりわかりやすく学ぶことができるようになりました。
※写真は「南方熊楠顕彰館(田辺市)」「南方熊楠顕彰会」所蔵のものを使用しています。
※お部屋はすべてシングルルームになります。(お一人/一部屋利用)