2005年4月に行われたチベット入門イベントのレジュメより
2005年5月28日にビックサイトにて開かれた「チベットの達人が語るチベット旅行入門」。その中で、惜しくも時間が足りなくなり、最後は駈け足になってしまった飯田さんの発表「チベット人の巡礼と聖地」。当日飯田さんの言っていたように、割愛してしまった部分を含めてレジュメを公開します。お越しになれなかった方も、当日の雰囲気をお楽しみ下さい。
1. はじめに
チベット人の特徴といえば、信仰心が篤いことがあげられます。テレビでもチベットを紹介する番組には必ずといっていいほど五体投地をしているチベット人が映し出されます。なかでも印象的なのは、巡礼者が聖地に向かって何ヶ月もかけて数千キロもの距離を五体投地している姿です。今日は、チベット人の巡礼と聖地を紹介することで、チベット文化の一端を知ってもらいたいと思います。
2.巡礼
2-1 チベット人の信仰概念
マニ車を持つ巡礼者
マニ車の列
マニ石(チャクポリ)
足の踏み場もない?
チャクポリのタルチョ
ところで、何故チベット人は巡礼するのでしょうか?
チベット人は、いったい何を信じているのでしょうか?
巡礼の話を進める前に、チベット人の信仰全般についてご紹介しましょう。
一般のチベット人たちは、巡礼以外の宗教的行為として、功徳を積むためにいろいろな宗教活動をしています。たとえば
- マニ車を回したり、数珠をたぐりながら真言を唱えたり、真言を彫った石版をお供えする。(有名なオムマニペメフムを唱える。観音の真言。)
- お賽銭のお布施や、バターをお寺の灯明の器の中に入れる。(魔法瓶の溶かしたバターを入れたり、ビニール袋入りのバターを入れたりする。電灯がない時代、お堂の明かりとしてバターランプの灯明を使っていた。また、仏教の法灯明の意味もある。キャンドルサービスのようなもので教えが一人一人順々に伝わっていく様を示している)
- ルンタ(風の馬の図柄を木版で印刷した五色の旗、五つの色はインド式の五元素を表しています。白は空、赤は火、青は水、緑は風、黄色は土)をとりつける。
- 寺や仏塔の巡回
などの宗教的行為があります。
こうした行為は、何のために行うのでしょうか?
一般のチベット人は、輪廻と因果応報の思想を信じており、よりよい来世に生まれるために功徳を一生懸命積もうとしています。功徳を積むとは、善い行いをたくさんするということです。多くのチベット人は、死んだ後に閻魔様の前に連れてこられ、生前行ってきた善い行いは白い石に、悪い行いは黒い石になって天秤にかけられて、その結果、次の生まれ変わりが決まるということを信じています。この場合、悪い行いの中には、実際に行動として何かをしなくても、心の中で悪意を持ったり、誰かを苦しませようと想像することも含まれています。
一方、高度な仏教思想を学んだ人は、もう少し、複雑なことを考えています。 死ぬ ときの意識状態が来世の意識状態=死後の世界・環境を決めると考えているのです。
『チベット死者の書』についてご存知でしょうか?
チベットでは、この経典を使って人が死んだときに死者に対してお坊さんが、「今、あなたは幻覚をみていますよ。恐れずに、執着もせずに、それが幻覚であることに気付いてください。」というような内容を延々と49日間説きつづけるのです。このときの描写 が1970年代半ばから続々と報告されている臨死体験者の報告と似ているというので世界的な注目を集めることになりました。
臨死体験者の報告の中には、人生を走馬灯、あるいは、立体映像としてありありと追体験する体験がたくさん報告されています。人によっては、崖から落下している数秒間の間に、数十年分の人生を回顧したという経験も報告されています。こうした人生を回顧・追体験する人たちの中で、自分が他人を助けたり、反対に傷つけたりしたとき、その相手が感じた喜びとか、悲しみも他人が感じたように感じることが報告されています。また、直接かかわっていなくても、間接的に影響を与えてしまった人の感情も感じるということも体験した人がいるそうです。たとえば、Aさんに命令してBさんを攻撃したとき、Bさんが味わった苦痛を味わうとか、反対に、だれかを助けているCさんを支援して、Cさんに助けられた人々の喜びを感じるといったようなことです。
こうした臨死体験者の報告は、無宗教の人、キリスト教徒、仏教徒といった信仰の違いを超えて報告されています。ヒンドゥー教徒や仏教徒が考えているカルマ(業)の考え方を知らない人たちが、インド人が考え、伝えてきたカルマの法則に似たような体験をしているということは、たぶん、わたしたちが気付くことができなくても、何らかのカルマの法則がはたらいているのではないでしょうか?
2-2 功徳を積む、善行を重ねる意味
善行を積むということの意味について考えてみましょう。
チベット人の中でも、お坊さんや修行者たちは、学問や瞑想体験を通して自分の心のはたらきを知ることで、わたしたちがどのように悩み苦しんでいるのかを理解しようとしています。そして、どのように苦しみを減らしていくかの方法を学び実践しています。ひとたび、深くて見ることはできない、心理プロセスを理解した人々は、他人が陥っている心の悩みを解決する具体的な方法(方便)を説くことができます。ですから、そのような人々の活動を支援することは、まわりまわって、お坊さんや修行者たちが助けることになる誰かを助けることになるのです。
善いカルマ、善行を積むということは、わたしたち個人個人が誰かを助けることによっても達成されると同時に、肉体的や精神的に苦しんでいる人たちを助けている人を支援することも含まれています。チベット人は、肉体的な苦しみよりも精神的な苦しみを重視していますから、お坊さんや修行者たちをお布施などで支援することにより、間接的に功徳を積んでいると考えています。
ただ、表面は立派でも裏で、あくどいことをしているお坊さんにお布施したりすると、効果 がないので、お布施の対象はしっかりと選ばなければなりませんね。
中国内のチベット人は、共産主義教育を受けて50年たちました。共産党員であったり、党員でなくても信仰を否定していたチベット人も、年老いてから死と来世のために、再び信仰活動に戻る人が現在もたくさんいる、と聞いています。
ただ、わたしたち外国人からチベット人の熱心すぎるほどの宗教活動を見ると、聖地や寺院を回る回数や御布施の額などを気にしすぎているように思えます。この点は、チベット人自身も仏教の教えの中で、お布施をしたり、お参りをしたりするときには、心をこめて行う必要があると強調しています。でも、正直言って一般 のチベット人は回数が多ければ多いほど、お布施が多ければ多いほどよいという素朴な信仰を抱いていることは間違いありません。
聖地や聖なる山によっては、12年に一度にその聖地を巡礼するとほかの年の何倍もまわったことになるという微笑ましい風習があります。しかも、サカダワという旧暦の五月の期間中は、それをまた数倍することになるのです。カイラス山は午年。梅里雪山は未年などがそういう年にあたります。こうしたときに巡礼者がその聖地に殺到するのです。
でも、振り返ってみますと、わたしたちは、彼らの素朴な信仰を笑えるのでしょうか?収入、営業成績、点数、他人からの評価、視聴率などを気にするわたしたちが当たり前だと思っている価値観も違う文化から見たら滑稽なのかもしれません?
2-3 チベット人と巡礼
次に巡礼そのものについて紹介しましょう。
小さな巡礼としては、チベット人は、自分が住む町や村にあるお寺や仏塔を人によっては毎日回っています。
仏塔を回る習慣は、インドの仏教徒たちから始まったそうです。仏塔を仏様そのものが顕現したものとみなして敬意を表して回るのです。たぶん、当時のインドで、偉い人の回りを回る風習があったのかもしれません。
右回り、あるいは、時計回り(時計を地面に置いたとき時計の針が回る方向)にまわるのは、お坊さんは左肩に袈裟をかけているので、仏様に対して、袈裟がかかっている方を向けるのは失礼だからという説があるそうです。
もっとも有名なのは、ラサの中心にあるジョカン(中国語で大昭寺)です。ラサへ来るチベット人は必ずと言っていいほど、ここへ来ますし、ジョカンのご本尊のお釈迦様を拝むためにラサへ来る巡礼も大勢います。このお寺に納められているご本尊のお釈迦様は、お釈迦様本人が在命中に作られた(史実としてはありえませんが)という伝説があり、その後、インドから中国へ伝わり、7世紀にチベットを統一したソンツェン・ガンポ王に嫁入りした唐の文成公主が持参したと言われています。このジョカン寺をめぐる一周は、バルコルといって、みやげ物屋、日常雑貨店がたくさんならんで、縁日とか、京都の修学旅行で有名なお寺の回りというような雰囲気です。
インドには、ダライ・ラマとチベット難民が住んでいるダラムサラという小さな町があります。1960年代にこの地に腰を据えたダライ・ラマの住居の回りを巡礼路ができています。チベット人はダライ・ラマを観音様の化身であると考えていますので、ダライ・ラマが住んでいる場所を聖地として巡礼するのです。ここは、ダライ・ラマが留守のときでも巡礼路として、多くのチベット難民たちが毎日回っています。ダラムサラなんかへ行くと「チベット人て本当に巡礼が好きなんだな」って実感します。
仏塔を建てると回りたい習性をもっているので、チベット人が紛れ込んでいる町に仏塔を建てると誰がチベット人なのか判明するのではないでしょうか?というのは、冗談です。冗談ついでに、どのように中国人がまぎれているのかを判断すればよいのかわかりますか?答は、「カメラを向ける。」です。どうしてかというと中国人は、カメラの前でポーズを取る習慣?があります。もちろん全員ではないです。
2-4 五体投地
よく、テレビ番組で紹介されている五体投地をしながら目的地までいく巡礼者たちもいることはいますが、現在、その数は減っています。
でも、聖地や、お参りの目的地としてのお寺のお堂の入り口や、ご本尊の前では、必ずといっていいほど五体投地をします。また、高僧に面会するときも五体投地をします。 五体投地には、罪障(犯してしまった罪や汚れ)を浄化する意義があります。
頭上に蓮の花のつぼみの形にして手を合わせることで、体の行い(行動)の罪や穢れを浄化し、喉元に手を合わせ、口(悪口、うそなど)の罪や穢れを浄化し、胸元で手を合わせ、心(悪い考え、感情)の浄化をするのです。
五体投地で、長距離、何ヶ月もかけて聖地をめざす巡礼者は、たいてい、五体投地しないで五体投地する巡礼者を助けるサポーターがついています。家族や友人などのグループを組むのが一般 的です。五体投地しないサポーターは、荷車などになべ、かま、食料、テント、寝具などを積んで、五体投地をする人々の前後を荷車を引きながら黙々と進んでいます。
以上は、一般の巡礼者たちの動きですが、僧侶や俗人の修行者は、修行するために聖地に滞在します。聖地では、瞑想が深まるとされているからです。そして、ある修行者は、世俗の執着を離れるために聖地へ行きます。中には、瞑想場所も一個所にとどまらない修行者もいます。瞑想場所ですら執着の対象となり得ると考えるからです。
3.聖地
3-1 ボン教と仏教の聖山カイラス
次にチベット人にとっての聖地について考えてましょう。
チベットの聖地には仏教の聖地とボン教の聖地があります。ボン教とは、7世紀にチベットが仏教を導入する以前の土着の宗教で、日本で言えば神道にあたる宗教です。
ボン教の聖地として有名なのは西チベットにあるカイラス山です。カイラス山は、仏教の聖地でもあります。
カイラス山は、ヒマラヤ山脈ではなく、カンティセ山脈の中にある山で、標高は6,656mと、ヒマラヤの山に比べればそれほど高くありません。チベット人が信仰する聖地の中で、東の横綱がさきほど紹介したラサのジョカン寺だとすると、西の横綱はこのカイラス山です。先程申し上げたように、カイラス山は、もともとはボン教の聖地でした。ボン教徒たちは、山や湖を神と見立てています。カイラス山は、山々の中の王として信仰されていました。近隣の山々は、カイラス山の家族や家来とみなされています。このような山の神信仰は、カイラス山だけでなく、チベット人が住む、至るところに見られます。
いまも残る風習から推測すると、仏教がチベットにもたらされる前に、チベットでは、ある山を特別な神とみなし、その聖なる山に対して、畏敬の念を抱いていました。そうした神々は、仏とちがってきちんと礼儀をつくさないと、雹や霰、洪水、旱魃などを起こし、天候を乱して報復するものと考えられていました。あるいは、自然災害の源として、自然の神々を想定してのかもしれませんね。ほかの説としては、地元のシャーマンや呪術師が死んで、強力な霊となって生きている人々に影響を及ぼすとか、自然霊(西洋でいう妖精)の存在説などがありますが、ここでは詳しく説明いたしません。
神の怒りを避けて、反対に恩恵を受けるために神々に気に入られようとして行う行事は、よい匂いのする香木を焚く儀式です。ちなみにチベットの神様は、タバコの煙は嫌いなので、聖地やお寺の中では、禁煙してくださいね。また、聖地ではさきほど言いました馬の絵が印刷してあるルンタとか、タルチョを山の神をまつってある祠などに結び付けます。また、収穫祭など、村祭りもこうした山の神々のご機嫌をとるために行います。このとき村人の誰かに神が降りて預言をすることが一般的に行なわれていました。今では、ヒマラヤのチベット文化圏の一部でしか残っていない風習ですが、新年に神へのご挨拶行く儀礼は、いまでも広い範囲に残っています。このとき、香を焚いて旗を取り変えるのが一般 的です。
わたしは、カイラスへ4回行きましたが、そこでは、巡礼ビジネスとも呼べる人々と会いました。たとえば、カイラス山巡礼の拠点になるの村に住んで、巡礼者の荷担ぎ役をする人がいます。また、ほかにも代行巡礼という仕事をしている人もいます。この人たちは、お金をもらって、支払った人の代わりに、巡礼をするのです。さきほど、お話したチベット人の「功徳の数が多けりゃいいもんじゃないてば」の一例です。このような職業巡礼者たちは、一周約50km、最高高度 5,600mもあるカイラスの一周コースを、100回以上回ったりしています。中には400回(!!)も回った人もいるそうです。
カイラス巡礼は、仏教徒は、右回り(時計回り)に、ボン教徒は、左回り(反時計回り)に行います。単に仏教徒に対抗するための風習?だと思います。
3-2 「山の神、湖の神」と「聖者の修行場」への信仰
山の神だけでなく、湖の神もあります。湖の神として代表的なのは、ラサの北にあるナムツォ湖です。この湖は女神で、湖の外側にそびえているニェンチェンタンラ山というのが男の神様で、二人は夫婦だそうです。このような、山の男神と湖の女神というコンビはボン教徒の信仰らしく、ほかにも何組かいます。
ボン教徒にとっての聖地が、山の神、湖の神だとすると、仏教徒にとっての聖地は、仏教徒の聖者、修行者がその場所で修行したという特徴があります。修行をする場所は、聖者が修行をするまではボン教の神々の土地であったので、その土地の神々を折伏(呪術・魔術合戦で勝ち、敗者を従わせる)し、仏教の修行者たちが将来その地で修行するときに危害を加えることを止め、さらには修行そのものも積極的に助けるのです。
中でも最大の聖者は8世紀にインドからやってきたグル・リンポチェです。彼はチベット各地での土地の霊たちとの魔術競争を行い、チベットを仏教国にするのに大きな貢献をしたと信じられています。
チベット人の宗教詩人として有名な、11世紀の ミラレパは、カイラス山でのボン教の修行者、カイラス山の宗教的権威であったナロボンチェンという生きたボン教徒との魔術競争を行い、勝利し、その結果 、カイラス山が仏教徒の聖地になったとの伝説が残っています。
3-3 聖者の加持
最後に、チベットの信仰の中にあらわれる聖者の加持(類似の概念は文化人類学で接触魔術と呼ばれる現象)についても説明しておきましょう。
強い能力のある聖者や修行者は、人々だけではなく空間やモノ(触ったもの、所持していたモノ、何らかの儀礼で念を込めたもの)に対して、影響力(仏教用語で加持といいます)を与えるとチベット人は信じています。念を込めるといいますね。テレビの力という番組で、海外の超能力者(サイキック)が行方不明者の所持品を触ったりして、情報を読み取るシーンが紹介されていますが、ああいう現象を見ると、実際に念の力の強い人が意図的に何らかの情報をモノにこめるということもありうるかもしれませんね。チベット人は、お寺の中のご本尊(といっても本尊の前の台)や、聖地にある聖者にまつわる聖なるモノ(たとえば石に手形や足跡を残したもの)などに額をつけるという行為をします。また、高僧、ラマに触れてもらうことを非常に大事なことだと考えています。だから、ダライ・ラマなどの前に行くと横入り当然の押し合い圧し合いになり、大変なことになってしまいます。
みなさんも、チベットへいかれたら、なりきりチベット人として、お寺を回る、ご本尊に額をつけることをお忘れずに