小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』
ふとしたことから神の国に紛れ込んでしまった千尋。突然、体が透明になりはじめ、いまにも消えそうになったとき、ハクという男が助けてくれた。「この丸薬を飲むんだ。この国のものを食べればお前は消えずにすむ。さあ、早く」
『千と千尋の神隠し(宮崎駿監督)』の冒頭の一場面を思い浮かべながら、僕は家の脇に生えている桑の実を採って口に頬張った。土地のものを口にすると、きっとその土地に受け入れてもらえるような気がする。小諸の街に受け入れてもらうために、まず僕は桑の実を採ってジャムにし、庭に生えているヨモギを摘んで草餅を作って体に取りこんだ。これで小諸から僕が消えてなくなることはないだろう。ひと安心。僕は旅先で、まず、その土地で採れたものを口にするようにしている。農産物でも水でも魚でも木の実でもキノコでもいい。体の波長をその土地の波長にチューニングするような感覚だろうか。
その昔、養蚕産業が盛んだった小諸の街では多くの桑の木をみつけることができる。胡桃とともに小諸の東面を占める主要な木であるにも関わらず、いま、桑の役割は敷地の境界の目印くらいしか果たしていないようにみえる。そういえば僕の家の境界にも桑の木が一本、生えている。小諸の街にようやく馴染み始めた2009年6月下旬、その木においしそうな桑の実がたわわに実りはじめた。僕はカゴを持参し、多少、周りをはばかりながら桑の実をたっぷり採取した。うーん、甘くて美味しい。さらに葉っぱも採取して桑の葉茶を作ってみる。桑の葉には血管を柔らかくする効果があるらしいが、お茶よりも甘い実のほうが断然いいな、僕は。紫色に染まった指先を見ていると、小さい頃、小学校の脇に生えていた桑の実をみんなで競い合うように食べていたのを思い出した。あのときガキ大将だったRは何しているのだろうかとか・・・。
桑の木はチベット語で「タルシン」と呼ばれ、直訳すると「絹の木」である。チベットでも絹は高価なものとして取り扱われていたが、チベットで絹が生産されていたことはほとんどなかったしヒマラヤ山中やチベット本土でも桑の木に出会うことは一度もなかった。チベット薬として用いられることはなく、「絹の木」という名も絹の産地である中国の影響で付いたようだ。チベットでは出会いや別れ、祝福の際に「カタ」と呼ばれるスカーフを贈る風習があり、絹のカタ、しかもサフランで染められたものは最上級とされている。絹は肌に優しい。葉も実も口に優しいように。
また、チベットでは自分たちの住む場所や聖なる土地にタルチョと呼ばれる五色の旗を掲げる風習がある。この五色は古代の哲学思想である土、水、火、風、空、の五元素に対応しており、身体も大自然も全てはこの五元素から成り立つとされている。黄色(土)、青(水)、赤(火)、緑(風)、白(空)の五色を掲げることで体の五元素と大自然の五元素を調和させ、邪気を追い払おうという概念からきているのである。きっとその土地のものを食べることと同じ概念ではないだろうか。体の五元素のバランスをその土地の五元素のバランスに合わせていく。四方七里の考え方は大昔からあったことが推察できる。桑の実は甘い。甘味は土と水の元素からできている。きっと今の僕の体は土と水が非常に優勢になっているだろうと想像する。
サチュ・メサ・チュメ・チュタンルン・メルン・サルン・ニ・ニ・ロ・ドゥク・ケ。
土と水、火と土、水と火、水と風、火と風、土と風、これら二つずつの組み合わせから、順に甘味、酸味、塩味、苦味、辛味、渋味、の六味が生じる。
(四部医典論説部第20章)
チベット人は自分たちの村はもちろん、外国に住んでもまずタルチョを掲げることで自分の周りの五元素をチベット風のバランスに調整する。それだけではなく、タルチョを見つければそこにはチベット人、もしくはチベット大好き外国人がいることを示しており、人と人を結びつける役割も果たしている。特に難民となって世界中に離散してしまった現状を考えるとタルチョの役割は計り知れないものがある。
桑の葉を採取した翌日、地元、信濃毎日新聞の記者が取材に訪れた。まだ24歳と若い。小諸で採取した薬草で作ったお茶をふるまうととても喜んでくれた。
「桑の葉っておいしいですね。こんなにたくさんの薬草が小諸にあるなんて知らなかった」
さらにとっておきの桑の実ジャムをあげると「うわー、おいしい!」と興奮が収まらない。もう、夜の10時を回っているにもかかわらず、僕らは暗闇の中、桑の実を採りに庭に出かけて直接、味わってもらった。
「小川さん、今度は取材ではなく友達として遊びにきていいですか」
桑は身体の五元素を調和してくれるとともに、人と人も結び付けてくれたようだ。
この夏は「コモロ DE チベット」
●薬草観察・薬草茶作り
(日 程) 7月4日、11日、31日 ※定期講座
(参加費) 2名~5名の場合、一人5,000円 6名~10名の場合、一人4,500円
ハーブティーとケーキの軽食付き (協力 麦草工房)
(場 所) 薬草観察フィールド:小諸・麦草工房周辺 薬草茶講座:小川アムチ薬房 または 麦草工房
●チベット医学絵解き講座
(日 程) 7月10日
13時~14時30分 「お灸、オイルマッサージ、お香作り」
15時~16時30分 「チベットの名医・秘蔵ドキュメンタリー映像で紹介します」
(参加費) 4,000円
(場 所) 小川アムチ薬房
<お問い合わせ・お申込み>受付は終了しました。
詳しくは 小川アムチ薬房 のサイトをご覧ください。