室町時代、太田道灌にまつわるこんな話を御存知だろうか。道中、雨が降り出したとき、道潅は蓑がないか村の女性に尋ねた。すると女性は黙って山吹の花がついた枝を差し出して去っていった。道灌には、その意味がわからず「花を求めたのではない」と不機嫌のまま帰った。ことの始終を家臣に話したところ、それは「七重八重、花は咲けども山吹の、実の〈簑〉一つだになきぞ悲しき」という古歌で返答したのだと教えられる。花が咲いても実のつかない山吹にたとえ、「家が貧しくて簑さえ持ち合わせない」と、遠まわしに断ったのだった。この時、道灌は自分の無学を恥じ、以来大いに発奮して、ついには歌人としても名をなしたという。
話は変わって、先日のブータン薬草ツアー中、道端で見つけた草花に思い思いに洒落た花言葉をつけて盛り上がった。名付けて「風の花言葉」。
チベット名 ボンガ・ナクポ
猛毒であり優れた薬でもあるトリカブト(第8話)に「あなたを痺れさせたい」という意味深な花言葉をつけたのはAさん。お灸の原料になるウスユキソウ(第18話)には「焼きを入れたい」という、やはり震えるような花言葉をつけてくれた。もしAさんからウスユキソウをプレゼントされたら思い当たることがないか慎重に振り返ってみる必要がある。
茜(あかね)には「あなたなを赤く染めあげたい」という情熱の花言葉がピッタリ似合う。一方、タンゴ僧院への道すがら豊富に生えているゼムシン(第76話)は黄色く染めてくれる。実際にタンゴ僧院の床が黄色くコーティングされているのを確認すると参加者みんなで「まさに地産地消」だと納得した。花言葉は「あるもので何とかしなさい」。
チベット名 チウ・タルカ
ツリフネソウの莢はちょっと触れるだけで、強く弾けて種が飛び散るようになっている。参加者みんなから「なにこれー!」と驚きの声があがった。花言葉は「人生弾けてみたい」に決定。たとえば旅に出たいときや転職したいときなどは、机の上にツリフネソウを飾って自分の思いを伝えてみてはどうだろう。
チベット名 チャクティク・ランゴーマ
その反対に、ハナイカリは花碇だけに「どこにもいかないで」という思いを伝えるのに相応しい。夫が転職を考えて悩んでいるときに、そっと胸ポケットに差してあげてはどうだろうか。
ブータンは地衣類、苔の宝庫。「小川さん、苔には薬効があるんですか」の問いに「デジタルカメラを近づけて、接写してみてください」と答えてあげた。すると「えー!まるで違う世界みたい」と苔の知られざる魅力を発見してくれた。さしずめ花言葉は「本当の私に気がついてよ」といったところか。猛アタックを繰り返しても振り向いてくれない最後の手段として苔をプレゼントしてみるといいかも。
サルオガセの花言葉は意味もなく「ジュディ・オング」。小さい頃、カーテンを体に巻き付けて物まねをしたことがあるファンにとってブータンは最高の巡礼地になるかも。
僕がタンゴ僧院で仏画の顔料の説明をしていると、博学のKさんが「それは万葉集で用いられた青丹吉(あおによし)と一緒だね」と合いの手をいれてくれた。でも恥ずかしながら僕は耳にしたことがない単語だった。大伴家持の第二の故郷、富山・高岡に生まれ育っていながら、和歌や万葉集には詳しくない。そうか薬草に関わるなら、まず万葉集を学ばなくてはとブータンで思い立った。きっと将来、僕は道潅のように歌人で名をなすに違いないぞ(笑)。
最終日の早朝、田んぼの畦道をみんなで散歩することにした。生まれて初めての人もいれば、小さい頃の思い出に浸る参加者もいる。僕も小さい頃はこうしてどこへ行くにも畦道を歩いて出かけたものだった。そういえば、畦道の脇を流れる小川にザルを仕掛けておくと、どじょうがたくさん捕れたっけ。今ではその小川も宅地開発で無くなってしまった。
「私は父の仕事で転校を繰り返していたので、日本にふるさとと呼べるところがありません。幼馴染もいません。でも、ブータンに来るとなぜか懐かしさを感じるんです。『おかえり』ってブータンの人たちが温かく私を迎えてくれるんです」。田んぼに囲まれたジャンカリゾートホテルで参加者の1人がこう語ってくれた。お米の風の花言葉は「おかえりなさい」。
今度はあなたが素敵な風の花言葉をつけてあげてください。「おかえりなさい」ってブータンの薬草たちが待っていますよ。
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