「風の向くまま・気の向くまま」は先々週で第八百二十八話になりました。その間、実に長い間、代表の原さん一人で執筆をしてきました。驚くべきことです。二週間ほど前に、さすがにこの時間を通常の業務にも充てたい、とのことで風スタッフの数名に依頼があり、今月から私も月に一回担当することになりました。拙文で恐縮ですが、目を通していただければと思います。
さて、2024年12月3日に韓国の尹錫悦大統領によって非常戒厳が宣言されました。あっという間に解除されましたが、なんとも不可解なできごとで、その時、ほとんど知ることがない「光州事件」が頭をよぎりました。不思議なことにちょうど同じ日に、10年前に発表された韓江(ハン・ガン)さんの代表作『少年が来る』を読み始めたのです。今まで味わったことのない奇妙な文体に引き込まれ、あっという間に読み終わりました。ぜひ読んでいただきたいと思いつつも、読み進むのに躊躇われる方もいるかもしれません。
1979年の8月、ヨーロッパからの帰途にソウルに一泊しました。空港からは航空会社が用意したバスに乗り街を眺めると、不思議なことに人出はほとんどなく夕暮れ時だというのに店の明かりもまばらでした。ホテルに着くと理由が分かり「戒厳令中で夜間は外出禁止」だというのです。せっかくソウルの街を楽しみにしていましたが、夕食は寂しく部屋ですませました。
その年の10月、朴正煕大統領が暗殺され、その年末に国軍保安司令官だった全斗煥のグループがクーデターを起こし、軍及び政権の実権を掌握。翌年5月に非常戒厳令を全国に拡大させ、これに反発していた光州での民主化要求デモを鎮圧するため陸軍を送り、市民や学生たちが多数虐殺されました。
韓江さんの小説を読むと、私たちには想像すらできない出来事(暴力、愛、人間の残酷性と尊厳)が綴られています。彼女はノーベル文学賞の記念講演の中で「世界はどうしてこんなに暴力的で苦しいのか」「同時に、世界はどうしてこんなに美しいのか」自身を執筆に駆り立ててきた「動力」は「この二つの問の緊張と内的な闘争」(朝日新聞より)だったと語ったのです。「光州事件」は今、世界中でも生まれ続けています。
その日、韓国に住む二人の知人に情況を尋ねました。ソウル近郊に住み大学院で学ぶNさんからは「大統領以外は冷静なので、内戦は起こらないと思います!」と、もう一人、風カルチャークラブで講師を務めてくれた国立伽耶文化財研究所・特別研究員のC先生は「ハプニングで終われば良いですが、今の静寂さはかえって不気味です。この出来事は『〇〇病』ですね、病巣の深い…」という意味深い返事が届きました。(〇〇は書かないでおきます)
そして、最新作『別れを告げない』を読み始めました。(水野 記)