添乗報告記●自転車でヒマラヤ縦断(2009年9月)

文●山田 基広(東京本社)

ヒマラヤを自転車に乗って縦断する。なんてハードルの高そうな響きなんでしょう。
「で、実際どうなんですか?」なんて声があちこちから聞こえてきますね。そのほかにも、「危険じゃないんですか?」ともよく聞かれます。または、「5,000mの峠を越えるなんてきっと無理!」よくわかります。当然ですよね。そして、「自転車の旅はしたこと無いんですが、ぶっちゃけ大丈夫ですか?」などなど・・・風カルの自転車講座の講師としてお馴染み、丹羽隆志さんが講師として同行する「自転車でヒマラヤ縦断」ツアーに参加した添乗スタッフがそんな疑問にお答えしましょう。

チベットを自転車で走る!?

「チベットを自転車で走るなんて・・・疲れませんか?」とよく聞かれますが、「いいえ。楽ちんです。」とあっさり答えちゃいます。
なぜでしょう?その秘密は・・・
まず、チベット自転車ツアーは二つのステージに分かれています。
1stステージは「自転車で行くチベット・ラサ -タシデレ!気軽に郊外の農村散策-」コース。ラサ空港に到着して、途中、景色のよい宿営地でテント泊をしつつラサ市内を目指します。普通、空港からラサ市内へと向かうには幹線道路を利用するわけですが、主要な道路から離れたローカルな道を進むことができる自転車で私たちは小さな村々を縫うようにしてラサを目指すわけです。村内を走ればあちこちから「タシデレー!」の声が!と、思ったら脇道から豚の親子がぞろぞろと。。。家の壁には冬ごもりのための準備が着々と進んでいたり。ちょこっと立ち寄った民家ではお茶をごちそうしてもらいましょう。生活路を走るからこそ感じられる人々の生活のにおいを思い切り感じつつ進むこのツアーは、実は同時に効率よく高所に順応をするために計算しつくされたツアーでもあるのです。

アートな燃料アートな燃料
日干し煉瓦日干し煉瓦


「高所順応をするため???」と思う方は至極当然の反応です。でも、自転車はとても高所順応に向いているのです。順応のために必要なことは無理をしないで体を動かし、体の代謝をよくしてやること(昼寝は厳禁!)。自転車はそもそも無理をしないで体を動かすための道具です。歩くよりはるかに楽に移動ができるのですが、全身運動なので体の血液循環の効率はすこぶる良いのです。はじめは負担のかからない軽ーいギアでゆっくり進みます。そして、充分な水分を取り、深呼吸をしっかりしながら全身運動をすることで空気の少ない場所でも効率よく全身に酸素を送り込むことができるのです。ほら、気がつくとちゃんと順応してるでしょ。という感じです。
つまり、効率よく順応できるので体の負担も少なく、とっても楽ちんなのです。

ラサを目指してラサを目指して
ピクニックランチピクニックランチ


バター茶作ってますバター茶作ってます

ラサ郊外を走るこのコースには特別な技術は必要ありません。もちろん、MTB(マウンテンバイク)に乗りなれていればその分余裕が生まれ、ツアー中も楽しむことができるので少しでも事前にMTBに乗っておくことを勧めますが、チャレンジ精神旺盛なあなたならきっと大丈夫!なのです。
そして、開発が進み、都市化の進むラサもひと度自転車で郊外にこぎ出せば、こんなにも素朴な風景と人々と出会えるのだと、きっと感じてもらえるコースなのです。1stステージであなたの知らないラサにきっと出会えます。

4,000mの世界へかるーくこぎ出してみましょう。

3,600m前後のラサを飛び出して、2ndステージが始まるといよいよ4,000mを越える世界へ向かいます。ラサでしっかり順応してしまえば高度差500mの範囲内なら重篤な症状が出ることはまずありません。
「でも・・・、私、体力ないから・・・」と弱気なそこのあなた。自転車は無理をしないで移動するための道具であることをお忘れなく。このツアーの一日の走行距離は25km〜50km前後。たとえば自転車の30kmは日本の平地なら2時間程度で走れてしまう距離。短い距離をゆっくりと、そして景色とチベット人たちとのコミュニケーションを楽しみながら一日かけて進むのです。「タシデレー!」と村を通り抜ける度、遊牧民とすれ違う度に挨拶しながら進むのです。頑張ろうとすればすかさず、「カレーカレー!」(ゆっくりゆっくり!)とチベット人からも注意されてしまうのです。
高所では無理は厳禁。もしかしたら物足りないと感じる方もいるかもしれませんが、ゆっくりと流れるチベット高原のリズムの中ではこのくらいがちょうどよいのです。そう、合言葉は「カレーカレー ドキイン」(ゆっくりゆっくり行きましょう)です。

チョーオユーが見える!チョーオユーが見える!
ダイナミックに休憩ダイナミックに休憩


ラサを離れるに従い、景色はどんどん広々としたチベット高原らしい風景に変わっていきます。9月はちょうど稲刈りの時期。あちこちで脱穀風景や、唖然とするほどの干し草を積んだトラクターやトラックが自転車の脇を通り過ぎていきます。 4,000mを越える世界にもかかわらず非常に豊かな土地なのだときっと感じることでしょう。荒々しく、荒涼とした世界と豊かな農耕地帯の景色が渾然としているチベットの風景の中をゆっくりと自転車で進んでいきます。宿泊地は4,000mを越えているわけですが、このころになるともう高所に対する不安はほとんどなくなります(もちろん油断は禁物です)。不安よりも圧倒的な景色を前に興奮が収まらなくなります。毎日がスペシャルなのです。

チベットの草原チベットの草原
シェカル近辺シェカル近辺


鶏肉ととある村の近辺ある村の近辺
山チェック山チェック


丹羽さんをして、「世界一」と称されるキャンプサイトはチョモランマ(8,848m)、チョーオユー(8,201m)といった神々しいヒマラヤの峰々が眼前に広がっているのです。ここに着けば、もう大丈夫。きっとすべての疲れが吹き飛びます。ただただ見惚れてしまう景色。そしてそんな私たちのそばで遊牧民たちも同じように、誇らしげに彼らの女神でもあるチョモランマを見つめていたのでした。

左の山はチョモランマ!左の山はチョモランマ!
最高の景色を前に並び走る!最高の景色を前に並び走る!


オールドティンリのキャンプサイトオールドティンリのキャンプサイト
最高の景色を前に朝の体操最高の景色を前に朝の体操


5,000mの峠のじっさい

正直に言いましょう。5,000mの峠越えは確かに楽ではありません。というよりかなり厳しいです。
でも、ここでもほんとうに必要なのは技術ではありません。といっても必要なのは気合と根性!というわけでもなく、ここまで来たからには自力で峠を越えたい!という気持ちが不思議と参加される皆さんのうちから湧き出てくるようです。自転車の経験がほとんどない方も、酸欠状態でシシャパンマ (8,023m)の雄姿がまったく目に入らなかった方も、ふらふらで幻覚が見えそうになった方も、体力的に限界が見えた方も、「カレーカレー」で進んでいくうちに必ず峠にたどり着きました。実際には、5,000mの峠を越えるために、自身の体力に合わせて自転車のスタートラインを調整し、峠の直下からスタートすることもありです。救護用のバスも並走しているのでいざとなったら乗り込む勇気も必要でしょう。でも、ツアーも終盤に近いこの頃なら高所順応については万全です。ゆっくりゆっくりと進むその先にあざやかな5色のタルチョが目に飛び込んできたら、そこがネパールへと続く道中で、もっとも空に近い場所です。「キキソソラーゲルロー!」ルンタに感謝の気持ちをこめて祈りを風に乗せます。
きっと、あなたも峠を越えられます。

トンラ峠トンラ峠
スタッフ勢ぞろい"スタッフ勢ぞろい


そしてネパールへ

峠の先の山々はネパールです。インド洋から流れてきた雲がまさに足もとの峠の尾根にぶつかって雲にならんとしている景色が目の前に展開しています。ここから自然のサイクルを眼前に見ながらの豪快なダウンヒルへと向かいます。ネパール国境の町までは高低差 2,500m近く、さらにネパール国境を越えたゴール地点ドラルガートの標高は600m。高低差は実に4,500mを超えるダウンヒルです。「タシデレー」から「ナマステ」へ。ヒマラヤを跨いだとたんに大きく変わる文化の違い。そして自然の変化。このツアーのもう一つの魅力がここにあります。
ぜひ一人でも多くの方に参加してもらいたい、そんなツアーです。きっと一生ものの経験になるはずですから。

水浴びしながら走る水浴びしながら走る
亜熱帯な景色亜熱帯な景色


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