無観客開催

いよいよオリンピックが始まった。やはり、伽藍洞の観客席にサッカーボールが当たる音が寂しい。絶対やると決めていたなら、有観客でやる方法はなかったものだろうか。安心・安全のオリンピック・パラリンピックをやるという言葉は何度も聞いたが、そのための手立ては、緊急事態宣言発出とバブル方式しか伝わって来ない。本来は、医療逼迫を防ぐために病床数や医療体制の拡充を図り、ワクチン接種を早急に進めるべきだったと思う。

誤解を恐れずに申し上げるが、1都3県からワクチンを優先的に摂取するという戦略もあったのではなかろうか。医療従事者の優先接種はともかくとして、重症化する恐れが高いからといって感染者が殆ど出ていない地方まで平等に高齢者を優先接種するより、1都3県、大阪、名古屋、福岡といった都市から接種をした方が、地方への感染拡大を防ぐ上でもよかったように思う。しかし、この方針を政府が口にしたら「オリンピック・パラリンピックのために地方の高齢者を見捨てるのか」と批判されたに違いない。

それでも、日本が負った責務と選手への配慮を優先させ、何としても国を挙げてオリンピック・パラリンピックを有観客でやるという方針が、政府の口から雄弁に語られていたら支持する人も出たろう。反対意見と対峙してでもやり通すとは、こうした段階を踏むことであって、今のように、ただただ安心・安全と言い続けるだけでは国民は納得しない。

コロナとの戦いは、以前から申し上げているように正に戦争である。事前の戦略・戦術をどんなに練り上げても、実際の場面で予定通りいかなければ大きな転換も必要である。逆に、当初の戦略にこだわり続ければ傷口を拡げてしまうこともある。インパール作戦や太平洋戦争の敗北がその教訓である。今回のコロナとの戦いで言えば、当初は、高齢者から接種してもオリンピック・パラリンピックまでにはかなり下の世代にも接種が進み有観客で開催できるという目論見だったと思う。

しかし、3月くらいには、ワクチン接種がオリンピック・パラリンピックに間に合わないと予測できたはずだ。この時点で、100万回接種とただただ発破をかけるのではなく、このままではオリンピック・パラリンピックを開催が危ういから、1都3県への優先接種に切り替えたいと政府が訴えれば国民は納得したのではなかろうか。加えて、病床数を拡大し十分に確保すれば優先接種のワクチン効果と相まって有観客で実施できたかもしれない。もちろん、それとてデルタ株の出現もあって成功したかどうかは不明だが、何も手を打たずに無理やり強行するよりはよかったと思う。

穴が開いているかどうかはともかく、バブル方式で選手たちは、練習場や試合会場との往復のみで選手村やホテルから外出もできず、毎日、一人こもって部屋で食事をする。オリンピックという重圧の中で精神的に持つだろうか。そうしたメンタル面のケアーは出来ているのだろうか。コロナもさることながら、こちらの方が私は心配である。始まってしまった以上は、何とか無事に終わってほしいと願うばかりである。

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