私が住むマンションは、駅から徒歩1分、30年以上たつので誰でも出入り自由である。
「この自転車、変わってねえ?」
「えらく古いなあ。手入れがワル! 錆びだらけでボロボロだ」
「でも、10段変速だぜ、これ。でも、変則レバーがハンドルにはないぞ。どこだ?」
「フレームの斜めの部分にレバーが2つあるぜ」
「これかあ、でもメモリも何もない」
「高く売れるかも?」
「ちょっと、もらっていくか」
こんな会話があったかどうかは知らないが、40年以上乗った自転車が先週、マンションの駐輪場から姿を消した。ハンドル、サドル、ペダル、タイヤ、などなど何回か交換したが、車体のフレームや車輪のフレームは頑丈そのものだった。もっとも、その部分がだめになったら自転車はお釈迦なのかもしれない。
近くの交番に届けに行ったが、防犯登録の番号が分からないと受け付けられないと言われてしまった。かれこれ40年ほど前に買った自転車だと説明したら、私とほぼ同じ年齢のお巡りさんが、記憶をたどって、「当時も手書きだけど登録はありました」とはっきりとおっしゃったのには驚いた。記憶力がいい。一方、私にはさっぱり記憶がない。
「登録番号を探してまた来て下さい」
「わかりました。そうします。自転車としてはボロボロで、あんなの盗んでもしょうがないと思うんですがねえ」
「最近は、ヴィンテージといって、古いものは価値があるようです」
「そうですか、出てこないでしょうかねえ」
「歩く代わりにちょっと乗って乗り捨てたなら出てきますが、ヴィンテージとなるとだめかもしれませんね」
25歳の時、足立区の新井薬師前の駅前の自転車屋で買った。当時としては奮発して5万円出した。ドロップハンドルの10段変速。色は銀色。足立区から長野県の丸子町に移り住んだ時も持っていき、再び東京に出てきてからも持ってきた。15年ほど前に、変則ワイヤーが伸びきってしまったので自転車屋にワイヤーを交換してくれと持っていったら、「え! まだこんなのに乗っているんですか。大したもんだよこれ、いいんだよなあ、この変則レバー」自転車屋のおっちゃんに喜ばれた。
40年ちかく当たり前のように身近にあったものが、プツンと姿を消してしまった。そんなに大事にしていたわけでもないのに、新しい自転車を買う気になれない。いやはや、寂しいものだ。
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辻 雅史2022.03.10 05:08 pm