愚才と奇才

日曜美術館を録画して時々観ている。とはいっても、同番組は西洋絵画、日本画、陶芸、彫刻など取り上げる範囲が広すぎて、到底見切れない。6月2日に放映された「美を届ける(1)奇想の系譜 辻惟雄」は、“奇想”という文字面に惹かれてつい録画再生ボタンを押したら、ギューッと鷲掴みにされ、最後まで観てしまった。

伊藤若冲は知っていても、辻惟雄氏のことは知らない人がほとんどではなかろうか。以下は、同番組のHPからの抜粋である。「今年92歳、今も研究を続ける美術史家の辻惟雄(つじ・のぶお)さん。伊藤若冲や曽我蕭白など、忘れ去られていた江戸の画家たちに光をあてた名著『奇想の系譜』で日本美術史の常識を覆した。」同著で取り上げた画家には、他に岩佐又兵衛、狩野山雪、長沢蘆雪、歌川国芳などがいる。私が知らないだけで、実に大きな仕事を成した人だ。

番組では、曾我蕭白の《群仙図屏風》を最初に取り上げた。今や重要文化財となっているこの絵も、描かれた当時はどうだったのだろうか。蕭白が「画が欲しいなら自分に頼み、絵図が欲しいなら円山応挙のところへ行け」と語ったという逸話が残っている。蕭白は当時でもごく一部のマニアには猛烈に人気があったらしい。江戸中期とは、文化の爛熟期でもあったということなのかもしれない。

NHKで、中村七之助が若冲を、永山瑛太が若冲と運命的な出会いを果たす美しき僧侶・大典を演じた「ライジング若冲」を半年ほど前に観た。中川大志演じる円山応挙も登場するが、まるで円山応挙が愚才だったかのように描かれていた。これが妙で不思議に思っていたのだが、これで合点がいった。円山応挙が愚才だったわけではなく、若冲や蕭白が奇才だったのである。

正直いって、曽我蕭白の絵が好きかと聞かれたら、私はNoと答えるだろう。とても心穏やかには観ていられない。それにしても江戸中期の京都には、こういう才能が割拠していたという。八木一夫も京都・五条坂の陶芸家の息子である。京都はやはり奥深い。

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