添乗報告記●西安・天水・蘭州・嘉峪関・敦煌 中国シルクロードの要衝の地・河西回廊をゆく 9日間(2025年3月)

ツアー名 ●  中国シルクロードの要衝の地・河西回廊をゆく 9日間
2025年03月05日~03月13日
文・写真 ● 立花誠(東京本社)

雪のちらつく3月5日、中国シルクロード河西回廊への旅に出発しました。
日本も中国シルクロードも冬から春へと変わる季節です。日本の服装がそのまま通用する時期の旅は、荷物があまり多くならずありがたかったです。ですね。9日間という日程に、兵馬俑、麦積山石窟、炳霊寺、嘉峪関、莫高窟が詰まった夢のコース、添乗業務渡航ながら、前日は寝付けなかったほど。ずうっと昔、反弾琵琶に心惹かれ、再会も楽しのひとつに、出発の日を迎えました。
今回、こちらの旅にお申し込みくださったのは、ご夫婦でご参加の二名様、ご夫婦とご子息・ご息女のファミリーでご参加の四名様。みなさま、それぞれシルクロードに思い入れがあり、しっかりそれにお答えできるよう、気を引き締めて出発しました。


今回はこのツアーに添乗してきました。(2025年03月)

西安・天水・蘭州・嘉峪関・敦煌

中国シルクロード要衝の地・河西回廊をゆく 9日間

出発日設定2025/03/05(水)~2025/10/15(水)
ご旅行代金563,000円~622,000円
出発地東京、大阪、
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ツアー


シルクロードの起点 西安へ

01日目: 03/05(水) 成田⇒上海浦東⇒西安 
成田空港を出発し、上海浦東空港に到着。乗り継いで西安空港の新しくできた第5ターミナルに到着。一行が到着する一週間前に開業したとかで、フロアもツルツルのピカピカ。あまりの広さに寒さすら感じました。動線が確定しておらず、出迎えのガイドと一緒に長い距離を歩いて地下駐車場の車寄せまで移動し、バスに乗りました。

02日目: 03/06(木) 西安→天水
最初に西安城壁の西門へ。現存する城壁は明代のもので、非常に大きく感じますが、唐代のそれは20倍ほどの規模だったとか・・・ 城壁の上部は歩いて回れるようになっているそうで、最近ではレンタサイクルで回ることもできるそうです。

西安城壁の西門/安定門:唐の長安城を基礎として明代に修復されたシルクロードの玄関

西安城壁の西門/安定門:唐の長安城を基礎として明代に修復されたシルクロードの玄関

次に訪れたのは慈恩寺。玄奘三蔵が天竺から持ち帰った大量のサンスクリット語の経典や仏像・仏具などを収蔵するために建てられた大雁塔で有名です。大雁塔には登りませんでしたが、伽藍をゆっくりと見学しました。門前には玄奘三蔵の像が立っています。

大雁塔(慈恩寺):玄奘が持ち帰った経典や仏像を収蔵するために652年に建立されました。現在の姿になったのは明代。

大雁塔(慈恩寺):玄奘が持ち帰った経典や仏像を収蔵するために652年に建立されました。現在の姿になったのは明代。

高野山金剛峯寺を開き、東寺を嵯峨天皇より下賜された真言宗の開祖・弘法大師/空海も、長安を訪れた留学僧のひとり。空海が修行した青龍寺も車窓から見ました。青龍寺は、四国八十八カ所の0番札所として知られ、青龍寺・・・八十八カ所・・・高野山という巡拝路もあるとか。私ごとながら、今年のお正月に高野山金剛峯寺に行っており、八十八カ所を飛ばし、青龍寺を(車窓)拝観(スピード逆打ち)となりました。

青龍寺:弘法大師・空海が学んだ寺。四国八十八カ所の0番札所として知られています。

青龍寺:弘法大師・空海が学んだ寺。四国八十八カ所の0番札所として知られています。

その後、秦始皇兵馬俑博物館へ行きました。オフシーズンで観光客の少ない時期でしたが、さすがに兵馬俑がずらりと並ぶ第一坑はかなり混雑しており、その人気を物語っていました。とにかく『圧巻』という表現しかできないほど、いつ来ても(公私含め3回目)その迫力には圧倒されてしまいます。スマホやカメラを構えて動かない人たちを避けて、集合写真を撮れる場所を見つけて瞬時に撮影したのが下記の写真。

兵馬俑:ある種の埴輪。いまにも動き出しそうな迫力です。発見された際は全体が彩色されていたそうです。

兵馬俑:ある種の埴輪。いまにも動き出しそうな迫力です。発見された際は全体が彩色されていたそうです。

今日のランチは、 秦始皇兵馬俑博物館にあるレストラン。食事をしていると、おいしいお茶を勧められて、それを買い求めるお客様もいらっしゃいました。レストランの下の階はおみやげショップになっており、兵馬俑レプリカや玉石類、お菓子やアイスクリーム、フランクフルトソーセージなどが売られていました。兵馬俑レプリカは、兵馬俑の土と同じ土でできているそうで、『本物のレプリカ』(?)だそうです。

2日目の昼食:左中はローストチキン。右下の大皿はエッグ・タルト。ほか、酢鶏など。

2日目の昼食:左中はローストチキン。右下の大皿はエッグ・タルト。ほか、酢鶏など。

市内のレストランで早めの夕食をとりました。陝西省名物のびゃんびゃん面(𰻝𰻝面)は大人気でした。面は麺のことで、茹でた幅広の麵の上に薬味の刻み葱や唐辛子を載せ、ピーナッツ油をかけて和えた麺料理。このように書くと一瞬、油そば?と思う方もいらっしゃると思いますが、油そばとは似て非なるもの。夕食後、西安北駅へ。ここから高速鉄道に乗って天水南駅に向かいました。『中国はじまりの地』天水までは高速列車・和諧号で約2時間半。出発時刻も到着時刻も定刻でした。

2日目の夕食:いちばん手前がちかごろ人気のびゃんびゃん麵(𰻞𰻞面)辛さを調節してね

2日目の夕食:いちばん手前がちかごろ人気のびゃんびゃん麵(𰻞𰻞面)辛さを調節してね

「中国はじまりの地」天水・麦積山へ

03日目: 03/07(金) 天水→蘭州
この日は『中国はじまりの地』とも称される天水の郊外にある、麦積山石窟を訪れました。ツアーバス、カートを乗り継いで到着した麦積山石窟はまるで蜂の巣のよう。200ほどの石窟の中にに7,000体以上の塑像・仏像が収蔵されています。隋の時代のものと言われる東の大仏様が出迎えてくれます。以前、ここに来たときは、崖に掛けられた鉄の階段が怖かった覚えがありますが、怖かった箇所には鉄の網が張られていたので、余裕でした。暗黙の了解で、一部撮影しましたが、建前上は撮影NGでございます。特別窟2窟を含めて2時間ほどかけて見学しました。写真屋さんが近寄ってきて「記念撮影はいかが?」と声をかけてきます。1枚20元(3月5日のレートで1元≒22.25円なので、約445円)。日本でいうところの参道にはずらりとおみやげ屋さんの露店が並び、らくだや馬と記念撮影ができるコーナーもあります。

麦積山石窟:収穫して積み上げた『麦の束』に似ているということから命名された麦積山

麦積山石窟:収穫して積み上げた『麦の束』に似ているということから命名された麦積山


第5窟:採食された美しい仏様の塑像が並ぶ窟。とある仏莟窟:採食された美しい仏様の塑像が並ぶ。仏龕のひとつの三尊仏。左端に建つのは金剛力士像。

第5窟:採食された美しい仏様の塑像が並ぶ窟。とある仏莟窟:採食された美しい仏様の塑像が並ぶ。仏龕のひとつの三尊仏。左端に建つのは金剛力士像。


麦積山をバックに集合写真。写真屋さんがちゃっかりこの写真を撮っていて、あとで「一枚20元よ。いかが?」と言われた( ´艸`)

麦積山をバックに集合写真。写真屋さんがちゃっかりこの写真を撮っていて、あとで「一枚20元よ。いかが?」と言われた( ´艸`)

昼食は回族の集落で、回族料理をいただきました。トルファンやクチャなど、西域の街の食堂にいるような錯覚を覚えたのは、街の雰囲気にどこか西域の街を彷彿とさせるたたずまいがあったからでしょうか。ひまわりの種をつまみに八宝茶を飲む。エキゾチシズムを味わえたひとときでした。

糯米と豆を使った回族のスイーツ。表面のゼリー状の部分は寒天のようなものでした。

糯米と豆を使った回族のスイーツ。表面のゼリー状の部分は寒天のようなものでした。

昼食後、天水南駅へ。ここから高速鉄道に乗って甘粛省の省都・蘭州に向かいました。高速列車・和諧号で約1時間半。前回同様、出発時刻も到着時刻も定刻でした。

天水→蘭州の高速列車の車両。ひじ掛けの下のレバーを引くとリクライニングできます。お湯は給湯器から汲み放題・飲み放題です。

天水→蘭州の高速列車の車両。ひじ掛けの下のレバーを引くとリクライニングできます。お湯は給湯器から汲み放題・飲み放題です。

これがうわさの給湯器。中国の列車内ではよく見かけます。チベットの青蔵鉄道でもお世話になりました。

これがうわさの給湯器。中国の列車内ではよく見かけます。チベットの青蔵鉄道でもお世話になりました。

夕食は、蘭州名物の『蘭州牛肉面』。ありようは牛肉ラーメン。蘭州には数えきれないほど、牛肉面のお店があるそうです。御一行の中には、辣油やパクチーが苦手な方もいらっしゃったので、今回、おひとりおひとりに希望を伺って、オーダーしました。ラーメンに牛のチャーシュー風の肉を乗せて、お好みで選べる付け合わせの野菜のトッピングをのせて辣油、パクチー、刻みネギで味付けします。辛さが足りない人は追い辣油、パクチーが好きな人は追いパクチーができます。店内が激混みで、従業員がまなかいを食べるお部屋を特別に開けて貰いました。従業員さんたち、蘭州牛肉面をまかないで毎日たべてるの?羨ましい限り。

蘭州牛肉面:チャーシューの牛肉版が入っています。写真上の野菜を乗っけて食べます。

蘭州牛肉面:チャーシューの牛肉版が入っています。写真上の野菜を乗っけて食べます。

蘭州の街中には、牛肉面のお店ほどではありませんが、あちこちに『烤羊肉』のお店があります。羊肉の串焼き、いわゆるシシカバブのお店です。自由行動の際に、ちょっとお店に入ってみました。日本でいうと焼き鳥屋さん感覚。街中の『のんべ風人種』が集まってきています。とはいっても、回族料理なので、もちろん、お酒はありません。バヤリースオレンジのようなジュースをやりながら、烤羊肉をつまむ、というスタイル。ちなみに烤羊肉一皿五串で10元(3月5日のレートで1元≒22.25円なので、約222円)。安い!

烤羊肉の一杯飲み屋(酒はありません)で供されるシシカバブ。お腹いっぱいだったけど写真を撮りたくて...

烤羊肉の一杯飲み屋(酒はありません)で供されるシシカバブ。お腹いっぱいだったけど写真を撮りたくて…

蘭州・炳霊寺へ

04日目: 03/08(土) 蘭州~炳霊寺~蘭州

この日は蘭州の郊外にある炳霊寺を訪れました。炳霊寺石窟は、劉家峡と呼ばれる峡谷に林立する石林(石柱・石筍のような石峰が連なる場所)の中にあります。以前は早朝に蘭州を出て、途中でボートに乗って、帰るころには夜のとばりに包まれて…という苦労?を伴いましたが、いまは石林の手前まで車で行くことができます。ブルーハワイのソーダにバニラアイスを溶かしたかのような色の湖からそそり立つ石林は、それだけで仏像が出現したかのような錯覚を齎すかもしれません。1億年以上も前に、付近を流れる川によって堆積した赤色の砂岩が、風化したり、浸食を受けたりして、この奇観が創り出されたそうです。炳霊寺の石窟はそうした石林の奥にあり、いやが上にも冒険心がくすぐられます。奇観に何度も振り返りましたが、岩になった人はいませんでした。

劉家峡からそそり立つ、シルクロード版『ロトの妻』。現地では『王様を迎える大臣たち』と解釈されています。

劉家峡からそそり立つ、シルクロード版『ロトの妻』。現地では『王様を迎える大臣たち』と解釈されています。

この日、天気は良く、昼間は上着を着ていると暑いくらいでした。
炳霊寺石窟は、西秦時代から掘り続けられた仏教石窟遺跡です。
時代を重ねてシルクロードの名刹となった炳霊寺石窟を、2つの特別窟もあわせて、全員で拝観しました。
特別窟172窟の菩薩像はとても秀麗で、専属ガイドが名調子でその重要性と美しさを解説してくれました。惜しむらくは撮影が不可であるため、写真でお見せすることができない…。ダムの建設から救い出された涅槃像(寝釈迦)も荘厳でした。高いところが苦手な私ですが、梯子段の上り下り、頑張りました。

11窟:ご本尊の背景に椰子の樹、天井には飛天が描かれています。

11窟:ご本尊の背景に椰子の樹、天井には飛天が描かれています。

炳霊寺石窟をじっくり拝観したので、蘭州に戻ったのはもう夜。夜市に立ち寄って、回族料理のローカル食堂に入りました。水餃子を頼み、シシカバブや野菜のおかずは屋台料理からチョイス。回族料理は種類が多く、土地柄、回族料理が供されることも少なくなかったのに、殆ど料理がかぶることなく(たまに同じ食材の組み合わせがあっても、味付けが異なるため、新鮮)、食事を楽しむことができました。

夜市(ナイトマーケット)。買って食べたくなる珍しいもの多数。

夜市(ナイトマーケット)。買って食べたくなる珍しいもの多数。


夜市の食堂で出た水餃子。黄色い葱の餡を包んだ餃子など、珍しいメニューがたくさん

夜市の食堂で出た水餃子。黄色い葱の餡を包んだ餃子など、珍しいメニューがたくさん

羊の頭は、ごちそうです。店主に撮影NGを出されたので写真はありませんが。羊の頭の食品サンプルがあることが驚きでした。フルーツやスイーツの屋台も出ていて、夜遅くまで賑やかでした。

右下に並んでいるのは羊の頭。たいへんなごちそうだと聞きました。

右下に並んでいるのは羊の頭。たいへんなごちそうだと聞きました。

万里の長城の西の関門 嘉峪関へ

05日目: 03/09(日) 蘭州→嘉峪関

午前、ホテルを出発して蘭州北駅へ。今回訪れた鉄道駅はどこも空港と見まごうばかり。お店もたくさんあって、待ち時間にお店めぐりをするとちょっとした運動になります。高速鉄道に乗って甘粛省の嘉峪関に向かいました。高速列車・和諧号で約4時間半。前回・前々回同様、出発時刻も到着時刻も定刻でした。

車窓からみえた雪山はキレン山脈(祁連山脈)の峰々。こうした風景が車窓から楽しめます。

車窓からみえた雪山はキレン山脈(祁連山脈)の峰々。こうした風景が車窓から楽しめます。

この日のランチはお弁当。日本で見かけるステレオタイプの駅弁ではなく、保温パックに入ったランチボックスのような感じ。牛のステーキやチキンカツという、ちょっと洋風なおかずが新鮮でした。ごはんもたっぷりでスープもつきました。

車内で出たお弁当は、洋食風のおかず。これにたまごのスープがつきます。ボリューム満点

車内で出たお弁当は、洋食風のおかず。これにたまごのスープがつきます。ボリューム満点

嘉峪関に着いてから、嘉峪関と懸壁長城観光へ。嘉峪関はきれいに整備され、観光客向けアトラクションの設備もありました。万里長城の西の関門として西域とつながっていた時代に思いをはせて城壁の上を歩きました。

嘉峪関の撮影スポットで集合写真。いい意味で観光地化が進んでいて見ごたえがありました。

嘉峪関の撮影スポットで集合写真。いい意味で観光地化が進んでいて見ごたえがありました。

懸壁長城は自由行動となりました。お客様も私も、行けるところまで行って18時までに戻ってくるという流れで歩きました。私は知っていた―麓から見て頂上とおぼしき場所に辿り着くと、さらに頂上が上に続いていることを― それにしてもどこまで続いているんだろう…。

懸壁長城:頂上に見える場所まで登った方がいらっしゃいました。頂上らしきところから、さらに上まで続いています。いったいどこまで続くんだろう。

懸壁長城:頂上に見える場所まで登った方がいらっしゃいました。頂上らしきところから、さらに上まで続いています。いったいどこまで続くんだろう。

夕食は火鍋です。日本でも、ほかの国でも、火鍋を食べたことはあったけれど、自分の好みでカスタマイズができる多種多様な『つけだれ』はほかにあったかどうか…。 牛肉と羊肉、野菜や餅、キノコを入れた火鍋を味わいました。チベットでも食べましたが中国のキノコはおいしい。

火鍋のメインは牛肉と羊肉。キノコや野菜、餅も加わり豪勢な夕餉に

火鍋のメインは牛肉と羊肉。キノコや野菜、餅も加わり豪勢な夕餉に


各人が自分の好みでつけだれを作って食べる火鍋は、自然と味談義に花が咲きます。

各人が自分の好みでつけだれを作って食べる火鍋は、自然と味談義に花が咲きます。

嘉峪関から敦煌へ

06日目: 03/10(月) 嘉峪関→敦煌

午前中、魏晋壁画墓を訪れました。ただのぼこぼこした場所だと思っていましたが、ちょっとした盛り上がりはお墓。日本でいう古墳とは異なり、見つけるのがたいへん。魏晋壁画墓のひとつが公開されていますが、狭い階段を降りて玄室に行くと、言葉を失う世界が…。玄室の壁面を構成する石板に、3~5世紀(魏・晋の時代)の暮らしの様子が描かれた壁画が描かれています(レプリカ)。狩をしたり、肉を焙ったり、酒宴の準備をしたり…。当時の生活を知る貴重な資料です。このお墓が造られた時代は、日本では地面に土壙を堀り、甕棺などで埋葬した弥生時代の「方形周溝墓」から初期古墳へ移行する時代。その時代にここではアーチ型に石を積み、玄室を作る技術があり、さらに彩色壁画があったのは驚き。他の観光客がおらず、この日は貸切状態でした。

魏晋壁画墓の入口。この建物の地下に、造営当時の時代を現在に伝える絵(おたから)が眠っています。

魏晋壁画墓の入口。この建物の地下に、造営当時の時代を現在に伝える絵(おたから)が眠っています。

ホテルで昼食をすませ、車で敦煌へと向かいます。
途中、万里長城第一墩に立ち寄りました。異変が起きたら烽火をあげて伝達をした、万里長城の生命線だった遺跡です。嘉峪関を万里長城の始点と考えた場合、その最初の烽火台が、第一墩というわけです。おみやげ屋さんには、かつてはなかった『かわいいぬいぐるみ』たちや、朝行った魏晋壁画墓の写真集なども売られていました。

万里長城第一墩。この第一号烽火台を基点に2.5km ごとに54基の烽火台が万里長城や都城を守っていました。

万里長城第一墩。この第一号烽火台を基点に2.5km ごとに54基の烽火台が万里長城や都城を守っていました。

かつては敦煌への高速道路が完成しておらず、狭い国道をぼろいバスに揺られて行ったものです。現在は敦煌への高速道路を使う4時間半のドライブで、途中、玉門サービスエリア、瓜州サービスエリアに立ち寄ります。一回の休憩は最低20分取らないといけないのだとか。お手洗いに行ったり、売店で買い物をしたり、サービスエリアでの休憩時間を過ごしました。瓜州のサービスエリアは貸切状態。販売員のお姉さまがたが、ドライフルーツや肉のジャーキー、砂漠の人参などを勧めてきます。ちなみに砂漠の人参は一本で780元(3月5日のレートで1元≒22.25円なので、約17,355円)。高い!

砂漠人参(カンカ)。タマリスク(紅柳)の根に寄生する植物で単独で光合成ができないそうです。これを最初に食べることを思いついた人ってすごい!

砂漠人参(カンカ)。タマリスク(紅柳)の根に寄生する植物で単独で光合成ができないそうです。これを最初に食べることを思いついた人ってすごい!

敦煌に着いたのは夜。ホテルに旅装を解いてすぐ、夜市へと繰り出しました。敦煌のシンボルのひとつ『反弾琵琶像』がライトアップされています。ずっと昔、敦煌を訪れた時、『飛天』や『反弾琵琶』に心を奪われたことがあります。背中に回した琵琶を背面で奏でる、その超人的なフォルムは莫高窟でも見ることができます。

反弾琵琶。天女が背中に回した琵琶を、背中越しに奏でるフォルム。莫高窟の壁画にも描かれる、敦煌のシンボルのひとつです。

反弾琵琶。天女が背中に回した琵琶を、背中越しに奏でるフォルム。莫高窟の壁画にも描かれる、敦煌のシンボルのひとつです。

夜市の食堂では中国で食べられる主要なイスラム料理を食べました。ナンを揚げたものが珍しかった。シシカバブにとても合います。

ビン(パンを揚げたもの)左は塩で味付けしたもの。右は唐辛子をまぶしたピリ辛のビン

ビン(パンを揚げたもの)左は塩で味付けしたもの。右は唐辛子をまぶしたピリ辛のビン


シルクロードではシシカバブは定番。東は中国から西はヨーロッパまで、多くの国・地域で食べられています。

シルクロードではシシカバブは定番。東は中国から西はヨーロッパまで、多くの国・地域で食べられています。


雪山駝掌:らくだの掌の煮込み。楚の成王がわが子との政争に敗れて縊死を命じられた際、最後に食べたいと言って断られた『熊掌』の調理法でらくだの掌を料理したという。

雪山駝掌:らくだの掌の煮込み。楚の成王がわが子との政争に敗れて縊死を命じられた際、最後に食べたいと言って断られた『熊掌』の調理法でらくだの掌を料理したという。

敦煌・「砂漠の大画廊」莫高窟へ

07日目: 03/11(火) 敦煌
午前、今回の旅の終盤のハイライトである『莫高窟』を訪れました。
最初、『敦煌成立の歴史』と『莫高窟観光の攻略法?』のムービーを見ました。後述する陽関を抜ければ西域という時代、いかにして辺境の地に敦煌の街や莫高窟は誕生したか、莫高窟をどう見るか、しっかりと学びました。後者はプラネタリウム型のシアターで、360度のパノラマを通し、莫高窟のすばらしさをバーチャル体験できます! 莫高窟は、二つの特別窟を含め、学芸員の方が案内してくれます。4名様ご参加のファミリーのご子息が、とても歴史に詳しく、学芸員に穿った質問をされ、話が膨らみました。仏像(塑像)や仏画のすばらしさは言わずもがな、壁画が描かれた当時の社会のしくみや死生観などもありありと表現されていて圧巻でした。幾多の旅人や巡拝者が、何を思ってこれらの窟に祈りを捧げたか、そう考えながら回りました。

大仏様のおわす莫高窟の96窟前で記念撮影。内部の塑像や絵をご紹介できなくて残念です。

大仏様のおわす莫高窟の96窟前で記念撮影。内部の塑像や絵をご紹介できなくて残念です。

昼食は市内のレストランで。
毎度のことながら、お客様を飽きさせない、珍しい料理がここでも並びます。ちょっとご紹介しましょう。

写真右下の冷やし中華のようなものは、ロバ肉の冷やし麺、ピンクの四角いお皿から時計回りに:
・木耳とたまごと青菜と人参の炒め(木耳肉の肉のないバージョン)
・花巻(最近は日本でも食べられますね)
・春巻
・シシカバブ(ここのシシカバブはタマリスクの枝に刺しています)
・雁(鳥)肉とたまねぎの炒め
・羊肉とたまねぎの炒め
・芽菜扣肉(豚バラ肉と漬物のやわらか煮。元祖は客家の料理)
このほか、スープ、炒飯、フルーツが出ました。

敦煌市内のレストラン。珍しい料理が並んでいます。どれもおいしかった!

敦煌市内のレストラン。珍しい料理が並んでいます。どれもおいしかった!

午後は陽関を訪問。敦煌を守る城塞兼関所といえばおわかりいただけるでしょうか? 城の址は残っておらず、それどころか、どこにあったかも判然としません。烽火台の址が辛うじて陽関があった時代と現在との接点になっています。

陽関。故城はもはやどこにあったかも判然としません。ひとつ残った烽火台を背景に。

陽関。故城はもはやどこにあったかも判然としません。ひとつ残った烽火台を背景に。

夕食は市内のレストランで。観光客の少ない時期とはいえ、有名観光地の敦煌にしては閑散とした夕餉となりましたが、貸切!と割り切り、食事をたのしみました。明日はもう西安、明後日には帰国。長いようで短い旅でした・・・

敦煌での夕食。茶碗蒸し風味の蒸したまご、銀杏や蓮根の炒め、羊肉と根菜のスープなど珍しい料理に舌鼓。

敦煌での夕食。茶碗蒸し風味の蒸したまご、銀杏や蓮根の炒め、羊肉と根菜のスープなど珍しい料理に舌鼓。

さらば敦煌!

08日目: 03/11(火) 敦煌⇒西安

午前、最後の訪問地である鳴沙山を訪れました。らくだに乗って、砂丘をあるくため。フタコブラクダはヒトコブラクダと比べて乗りごこちがよい印象でした。フォトスポットでは、らくだ使いさんが、写真屋さんになって一行の写真を撮ってくれます。
写真ストップを含め、一時間ほどらくだに体をあずけ、砂丘を歩きましたが、異国情緒を体験できました。

らくだに乗って砂丘をおさんぽ♩なかなかできない体験ですよ。

らくだに乗って砂丘をおさんぽ♩なかなかできない体験ですよ。

乗ったらくだが立ち上がる時と、おりる時に少しガクンとなります。

乗ったらくだが立ち上がる時と、おりる時に少しガクンとなります。

砂丘は縄梯子を踏んで登ります。下りるときは、別料金で「砂すべり」を選ぶことができます。砂丘の上からは、月牙泉の全貌が見えます。歴史を学び、かつてのシルクロードに思いをはせる旅の最後、実際にらくだに乗り、砂丘に登り、先人の旅の一端に触れることができたと思います。

月牙泉を背景に記念撮影。オレンジの靴袋は、砂丘に登るときにその重要性がわかります。

月牙泉を背景に記念撮影。オレンジの靴袋は、砂丘に登るときにその重要性がわかります。

昼食はホテルのレストランで。楡の木の実の料理や、長~い麺にピリ辛のつけ汁を絡ませて食べる長寿麺などが出ました。

楡(にれ)の木の実の炒め。これも全員が初めて口にした料理です。

楡(にれ)の木の実の炒め。これも全員が初めて口にした料理です。

午後、飛行機に乗って、西安に戻ってきました。今回随一の大都会なのに、蘭州や敦煌の夜が煌びやかであったためか、暗く、静かな印象を受けました。夕食は市内のレストランで。ささやかながら、プチ打ち上げを。明日は早朝出発。もう、終わりなのですね。

レストランで食べる⇒ごはんは今回ここが最後。プチ打ち上げです。

レストランで食べるごはんは今回ここが最後。プチ打ち上げです。

最後に

09日目: 03/13(木) 西安⇒成田

帰りは直行便で西安から成田へひとっ飛び。今回、お供させて頂き、お客様にはさまざまな体験をして頂けたと感じました。
内容的に盛りだくさんでしたが、見どころは比較的ゆったりと見学できたと思います。シルクロードに憧憬をお持ちで、ご興味の深いメンバーのみなさまとご一緒だったので、私自身の『学び』も深まりました。機会があれば、またこのコースに同行したいし、敦煌のその先—トルファンやクチャ、カシュガル方面の旅にも同行できたらと思います。

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