世界遺産に代表されるいわゆる観光名所は、その国や地域のほんの一部でしかありません。広く知られる観光名所が良くないというわけではありませんが、それにもまして魅力に溢れる「光をあてたい」場所や物事がたくさんあるということです。そんな「あの場所、この場所」をご紹介します。初めてでも、2度目、3度目の国でも、訪れればきっと確かな光を感じることができるでしょう。
文●中村 昌文(東京本社)
星の数ほどの羊(写真提供:勝俣靖雄様)
「それってどこ?」恐らく日本人のほとんどがそう聞き返すであろうアムド。それは伝統的なチベットの東北地方、現在の「青海省」のほぼ全域と「甘粛省」などの一部のこと。「チベット」と言われれば大抵の人は脊髄反射でポタラ宮とダライ・ラマ法王の笑顔を思い出すだろうが、アムドはポタラ宮の主(だった)ダライ・ラマ14世の出身地なのだと言えば、ラサから遠く離れていても、チベットの一部だと言うことを少しはイメージできるだろうか。
ラサを訪れた旅人が、車が渋滞し、ビルが林立し、僧侶までもが携帯電話を片手に歩く、そのあまりの大都会ぶりに度肝を抜かれるのとは対照的に、アムドはまさに「土臭い」チベットの「大田舎」! 黄河の源流が縦横無尽に流れる広大な緑の草原には、豊かな草を食む羊やヤクが闊歩していて、アムド人に言わせれば「アムドの羊がチベットで一番おいしい」そうだ。豊かな水とモンゴルと見紛うほどの大草原で育った草をたらふく食べた羊が美味しくない訳がない。当然、遊牧民の生活も豊かで、誇りを持って暮らしている。
巡礼する遊牧民
華やかなゴマル寺のチョルテン
アムドの草原を走っていると、突如として巨大な壁画や仏塔が飛び出してくる。その向こうには、さらにドデカイ僧院が鎮座している。しかも、電飾がゴテゴテに付いていて「クリスマスツリーかい!」と思わず突っ込みを入れたくなるほど。配色センスも、「チベットの」と言うよりタイやミャンマーの上座部仏教、はたまたインドやバリ島のヒンドゥの神々を髣髴させる。これぞ、まさにチベットの大田舎的なノリが生み出したチベット仏教の最終形態(?) しかも、遊牧民たちが家畜を売って儲けたお金を寄進して、各地で寺院がどんどん巨大化しているらしい。
儲ける=寺に寄進する=功徳を積む=良い来世=幸福というチベットの伝統的な価値観が息づくアムド。そしてその価値観を支える豊かな大自然。ポタラ宮だけを見てチベットを見た気になっている方は、本当のチベットを見るためにアムドにも是非足を運びましょう。
▶ 日本発着の日数目安:7日間
▶ ベストシーズン:夏、冬
「風通信」47号(2013年4月発行)より転載