第21回●「メトマルポ」チベット医学への旅立ち

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

正式チベット名 タクマ・メト 甘い蜜を含み食用に用いられますが、 シャクナゲの仲間は場所、種類によって 毒性のものもあるので注意が必要です。

2007年10月15日から11月17日まで足掛け1ヶ月に渡って行われる卒業試験にむけて、久しぶりに1年生の頃の課題だった根本・論説部門(第14話参)を読み返した。聖なる御言葉の行間に書き込みされている、たどたどしいチベット文字を見ると、思わず修正ペンで消したくなるかのような恥ずかしさに襲われる。よくもこんな拙い字で入学試験(第15話参)に合格したものだと、改めて当時の強運に感謝の念が湧き起こる。
思えば、タシデレ(こんにちは)という最初のチベット語を覚えてから7年と10ヶ月、一語一語、一歩一歩登りつめたその先に、いま八万語暗誦試験ギュースム(第14話参)という高く険しい頂きを視界に捉えている。しかし意地悪なことにその頂は近づけば近づくほど険しさを増し、今年の挑戦者七名を尻込みさせる。一方、そのおかげで、山を共に登るような一体感がクラス全体に生まれ始めているのは何とも心地よい。なぜなら、その学年において何人のギュースム暗誦者が輩出されたかが後に話題になるからだ。とはいえチベット医学の聖域に外国人が初めて足を踏み入れることに対する戸惑いも恐らく級友たちの心の中にあることだろう。それでもこの5年間、濃密な時間を彼らと共に過ごしたことがその困惑を打ち消してくれているように思うし、それこそが僕が最も誇りとしていることでもある。

くじけそうになった時はいつも「オガワ、俺たちは何時間でも付き合うから必ずギュースムをやり遂げるんだぞ」と級友が励ましてくれたものだった。11月17 日、暗誦順で最後のトリという大役を任せられたのも、オガワに一日でも多く準備をさせ、後の人のことを考えず思う存分に暗誦させてやろう、という温かい配慮が感じ取れる。彼らとともに登りつめた頂の向こう側はどんなに美しいのだろう、そんな空想をしつつ暗誦の練習をしていると、なぜかいつも赤い花が脳裏をよぎる。そう「ヒマラヤの宝探し」はあのメトマルポから始まった。

1999年1月9日、ヒマラヤの麓、ダラムサラにあるメンツィカンを訪問するにあたり、紹介状もなにもなく、ただ小さなリュックを背負っての旅立ちは今思えば無謀以外の何ものでもなかった。案の定、最初に降り立ったデリーでは悪徳インド人に騙され、軟禁され散々な思いをしたあげく、予定よりも1日遅れてダラムサラ行きの夜行バスに乗り込むことになってしまった。エンストしたバスを乗客全員で押しがけしても、覆面をした機動部隊が乗り込んできて銃を突きつけられても、全く何にも感じないくらい疲れ果てていた。もう日本に帰ろう・・・そんな弱気に襲われていた夜中の11時頃、僕は何気に隣の男性に「メンツィカンって知っていますか」と英語で尋ねた。

メンツィーカン13期生(2002年撮影) 後列左から三番目筆者

出会いというのは謎に満ちている。いや、もしかしたらこれも「ヒマラヤの宝探し」に含まれているシナリオなのかもしれない。後戻りをなくした緊張感の反動からくる脱力感に包まれ、全てを許し受け入れることができる状態になったときに初めて手掛かりが得られるように。それは普段から夢みがちな僕にとって必要な洗礼だったのだろう。これは幼い頃の「宝探しごっこ」とは違うのだよと。あのとき、もしインド人に騙されていなかったら・・・席が違っていたら・・・、間違いなく今の僕はここにいない。

四部医典の序章

「もちろんです。私はメンツィカンのドクターですから」
ドクター・ツェリン氏との出会いの瞬間、死に体になっていた瞳孔が一瞬にして全開し眼前の風景が劇的に変わったのを今でも覚えている。幸運にも助けられて、なんとか「宝探し」の舞台に上ることに成功した僕はバスの中で懐中電灯を照らしながら初めてチベット語の勉強を開始した。そしてダラムサラ到着から 1ヵ月後の2月中旬、ダラムサラには真っ赤なヒマラヤシャクナゲが咲き始めた。僕は覚えたてのチベット語で「この名前は何ですか」と友人に尋ねると「メトマルポ」と素っ気ない答えが返ってきた。「そうか、メトマルポというのか」と記念すべきヒマラヤの薬草第一号の名を感動しながら復唱していたものだったが今では「メト(花)マルポ(赤)」というのは笑い話にしかならない。それでも僕にとっていつまでもこの花はメトマルポであり、満開になる初春が巡ってくる度に、読み終えた小説の最初のページにまた出会うかのような懐かしさが込み上げてくる。
そしてギュースムという剣が峰を越えたあと、来年の2月にもヒマラヤシャクナゲはダラムサラの山肌を赤く彩 るだろう。ただ、今は、こんなにも素敵な舞台を用意してくれるチベット医学に心から感謝の念を抱きつつ、一分一秒が愛しく感じられる大学生活の最後の一時を、痺れるような緊張感と共に級友のみんなと噛み締めていたいと思っている。

補足:ギュ−スムは正確には八万語ではなく八万音節です。たとえば、タシデレならば四音節となります。

小川 康 プロフィール

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