小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』
前回・第39話のあらすじ
法が乱れる濁世の五百年、魔鬼がさまざまな急性の病気を引き起こす。鬼女が伝染病をまき散らす。外教徒の作る新たな物質が毒となる。その時、自分と他人を守る術をここに教える
四部医典最終章第156章より
201X 年、原因不明の熱病が日本で猛威を奮い、いかなる現代薬も歯が立たない危機的な状況で日本国民は謎の予言が記されていたチベット医学に最後の望みをかけた。なんでも古き薬草書の中に“ヒマラヤ薬草七姉妹が濁世の時代の熱病を癒す”という記述が残されているという。そして厚生労働省一行は七つの薬草を探すべくインド・マリーへと飛んだのだが・・・
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「な、なんだと！ガンガ・チュンはここにはないだと」
１：トンスィル、２：ティクタ、３：ホンレン、４：ボンカル、５：パンツィ・トポ、６：ヤアキマ、と６つの薬草を順調に発見し終えて、ほっと安心したときの小川氏の衝撃的な発言に厚生労働大臣は声を荒げた。
「残念ながら、最後の薬草はここマリーでは採取できません。さあ、チベット本土へ飛びましょう。そこに幻の薬草が隠されているのです。これは不確かな情報ですが、ラサ郊外のダクイェルパという場所において過去に発見されたという報告が残されています。また、薬草の女神イトマはヒゲがお好みなことからみんなでヒゲを伸ばしていくと出会える可能性が高くなりますよ（第５話参）」
「ふーむ、ヒゲか。まあ、すがれるものは何でもすがることにしよう」
「しかし困ったことに、この幻の薬草の写真は現在のところ手元にありません。頼りになるのはこの17世紀に描かれた薬草タンカ（仏画）の一コマと、本草例解に記された次の一節だけなのです。
四角い形をした仏塔の頂にまるでウッペルの花（第48話参）が笑っているかのように、束になって美しく咲いている。
毒の熱によって生じる下痢を癒すための女主人・ガンガ・チュンさま。
「なるほど四角い形をしているのか。それで、この考古学的絵画はどれだけ正確に描かれているのかね」
「大臣、いい質問ですね。では試しにこの二つの動物の絵を御覧下さい。これも同じ仏画の中に描かれたものです。いったい何だと思いますか」
タンカ1
タンカ2
「な、なんだ、これは。鹿とアンコウか」
「ブー！外れです。正解は○○と○○です。キリンラガービールのラベルに描かれた麒麟の絵を思い出してください。伝言ゲームの成れの果て、想像だけで描かれるとこうなってしまうという一例です。チベットの象徴である白獅子もそうですがチベットはおろかインドにも生息しないアフリカの動物を崇め奉る風習があるのは文化人類学的に面白いですね。では伝言ゲームの成れの果てクイズ第二問。この絵は何の薬草を描こうとしたのでしょう。はい、そこの職員Aさん。昇級のチャンスですよ。ヒント、一つは果物、一つはスパイスに用います」。
タンカ3
タンカ4
「おい、そんなゲームはどうでもいいじゃないか。不謹慎だぞ。日本はいま一刻を争う危機的な状況なのだ」
厚生労働大臣が小川氏を厳しく制した。
「そうでした、すいません。とにかくこの一枚の仏画から想像を膨らませてガンガ・チュンを探し出すしかないのです。さあ、ヒマラヤの宝探し・最終ステージの始まりです。日本を救えるか否か、すべてはこの宝探しにかかっています。いったん日本に帰国し、出発は今度の7月。そして一般の方の参加も募り人海戦術でもって幻の薬草を探しあてるのです。今度こそは薬草の達人の面目にかけて真っ先に発見してみせますよ（第５話参）。あっ、ガンガ・チュン発見の証拠写真を撮る際には、必ず薬草と一緒に満面の笑顔でピースをして本人も写ってくださいね。発見した方には風の旅行社から素敵な景品が授与されますから張り切ってください！」。
「だから、これはお遊びじゃないんだって･･･」
大臣の諫言に対し、今度は小川氏が毅然と言い返した。
「いえ、お遊びこそが大切なのです。医療が大地と離れ、草を楽しむことを忘れたときに末世の時代はやってくる、と古代の聖者たちは未来に伝えたかったのではないでしょうか。きっと何千年も昔、地球上のどこかに今と同じような文明が栄えていて、今と同じように医療が大地の薬草と離れてしまったのでしょう。混乱した古代の社会が眼に浮かぶようです。私たち人類は同じ失敗を繰り返してはいけません。やり残した宿題は必ずまた降りかかってくるものなのです（第４話参）。さあ、あまり時間は残されていませんよ。日本を救うために思いっきり宝探しを楽しみましょう！」
この後、果たして日本はどうなってしまうのか、それは読者のみなさんに委ねられている。
追記： 本文中のクイズの解答は次回・ヒマラヤの宝探し最終話に発表します。