「むかし、モンゴルの草原に、スーホという、まずしいひつじかいの少年がいました。スーホは、としとったおばあさんと、ふたりっきりでくらしていました……」
1977年、富山県高岡市立戸出西部小学校2年2組、国語の授業でモンゴル民話『スーホの白い馬』に感動し、憧れをいだいたのがモンゴルとの初めての出会い。それから30年後、富山の置き薬のシステムがモンゴル草原に普及し、健康増進に成果をあげているという富山新聞の記事を読み、改めてモンゴルへの関心が湧きあがってきた。
モンゴル遊牧民にとっての悩みは、病院が近くになく、気軽に医療を受けられないことにあった。そこで、遊牧民に薬箱を持って移動してもらい、必要なときにだけ薬を服用してもらう置き薬システム(第27話)が、富山県の指導のもとで導入されたのである。担当するモンゴル人が年に1度か2度、馬に乗って薬の代金を回収するとともに、服用した薬を補充する。さらに、薬の服用法や日々の養生法を遊牧民に指導することでセルフメディケーションの意識向上にも役立っている。
その置き薬として用いているのはモンゴル伝統薬。そしてモンゴル伝統薬の源は、なんと、チベット医学なのである(第95話)。ウランバートルにあるモンゴル伝統医学院ではチベット医学聖典『四部医典』が教えられ、ダラムサラのメンツィカンに留学生が派遣されている。また、チベット医を意味するアムチの語源はモンゴル語のエムチ(医者)に由来しており、13世紀以降、モンゴルとチベットの伝統医療は切っても切り離せない関係だといえる。そして、時を経た21世紀、富山が参加した。
つまり、富山の配置薬がハード面として、チベット医学がソフト面としてモンゴル草原で結婚したのである。このプロジェクトを知って以来、富山の配置薬員であり、アムチでもある自分には、何か使命があるのではとずっと考え続けていた。
そんなとき、富山県の関係者から「モンゴル置き薬で用いている処方の内容について教えてほしい」と依頼があり、僕は「もちろんです!」と「どや顔」でお受けした。さっそく、目を通してみると、19種類の薬の名前のほとんどはチベット語に由来していることが分かるが、微妙に音が変化してしまっている。そこで、記された効果効能から元のチベット名を連想クイズのように推理したところ、その内容が次々と明らかになっていった。
モンゴル名 アルジュ
チベット名 アル・チュバ
配合 詞黎勒 紅花 カルダモン 瀝青 竜胆、刀豆 など十味
効能 腎臓の病、尿量減少、腰の痛みなどに処方
モンゴル名 スロロ・シ・タン
チベット名 ソロ・シ・タン
配合 白景天、甘草、ラック、ヒマラヤ玄草根 の四味
効能 肺の病、痰などに処方
モンゴル名 ポイガル10
チベット名 プカル10
配合 乳香 決明子、麻実、詞黎勒、瀝青 など十味
効能 痛風、リウマチなどに処方
こうしてお役に少しでも立てて嬉しい反面、日本国内において急速に配置薬の文化が衰退しているのは気がかりだ。もしかしたら、数十年後、日本では配置薬が消え去り、モンゴルで息づいていることも考えられる。大きな視点で歴史を俯瞰すると、それも必然的な流れなのかもしれない。いや待てよ、よく考えたら、自分がモンゴルで配置薬とアムチの両方をやればヒーローになれるではないか。いや、いや、やっぱり無理だ。僕はスーホのように馬に乗ることができない……
などと空想するより先に、まずはモンゴルに行ってみよう、ということでモンゴル伝統医療・薬草ツアーを企画する運びとなりました。モンゴルの配置薬だけでなく、モンゴル伝統医学の現状、草原に咲き乱れる草花、遊牧民たちの薬草を用いる知恵、メンツィカンで同級生だった留学生たちの近況、モンゴルにあるチベット仏教寺院、などなど見たいもの知りたいことはたくさんある。
『スーホの白い馬』のなかにこんな場面がある。
「スーホのからだは、きずや、あざだらけでした。おばあさんが、つきっきりでてあてをしてくれました」。
もしも、このときゲルに置き薬があったらどんなにスーホとおばあさんは助かったことだろう。だから、僕が読みきかせするときに「おばあさんが、‘ゲルにあるおきぐすりを使って’てあてをしてくれました」と1節だけ加筆する遊び心を許してほしい。『スーホの置き薬』。そんな物語とともに、モンゴル、チベット、富山、3つの魅力を日本のみなさんに伝えられたら素敵だなと思っている。
参考文献:『スーホの白い馬』 (福音館書店) 大塚 勇三
馬頭琴の由来にまつわるモンゴルの民話。
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