第129回●ゲゲン  ~薬育の風~

創立20周年記念「風の遠足」風景

2011年10月29日、風の旅行社20周年記念、「風の遠足」多摩川ウォーキング10キロコースに参加したときのこと。ヒマラヤの山々で鍛えたアムチの体力を示そうと張り切っていたが、単調な平地を黙々と歩くのは意外と疲れるものだと思い知らされた。そしてこの日、同じコースに参加された原社長(以下、風の旅行社の慣例に従い、原さんと記す)と一緒に歩く機会に恵まれた。いつも、中野の本社に顔を出しても挨拶だけで、こうしてじっくりとお話をするのは初めてだ。実は、風の旅行社とお付き合いをはじめたときから居心地のよさを感じていたのは、もしかしたら、原さんが元教師だったからではないか、と勝手に分析していた。なぜなら僕も23、24歳のとき小中高校生の教育現場にいたことがあり(第26話 78話)、さらに、僕の母、両親の祖父母4人はみんな小学校の教師(チベット語でゲゲン)だったという家系に育っているからである。小学校の教員免許を持つ僕の妻も加わり、多摩川の風に吹かれながら話題は教育で盛り上がる。

以前、原さんが31歳のときに勤めていた長野県の北丸子小学校は千曲川が流れる山間にたたずんでいる。僕は15年前、偶然にもすぐ近くにあるホールへ合唱団の練習に通っていたことがあったので、小学校の風景がすぐさま脳裏に広がった。小さな小学校で繰り広げられた色んな話のなかでも、受け持ちのクラスでチャボを育てていたときのエピソードはとっても面白い。なんでも、図工の時間にチャボの絵を描くために、クラスで実際にチャボを飼い、さらにチャボ小屋を作ろうと子供たちのあいだで話が進展したという。ところが、そのとき校長先生は原先生に「作り方を教えてはいけない。気づかせるんだ」という課題を与えたそうだ。失敗を繰り返して気づかせるのだから時間がかかるというもの。結局、2年生の一学期の授業のほとんどを費やして完成したそうだが、なんと幸せな生徒たちだったことか。そして、この思い出話のなかで「気づかせる」という言葉に教育家系で育った僕のDNAが鋭く反応し、メンツィカン(チベット医学暦法大学)での学業生活が脳裏を駆け巡った。

「遠足」に参加中の筆者(左)

 振り返ってみれば、メンツィカンでの学びの本質は「何もないなかで、いかに自分で気が付き、掴み取るか」だったといえる。たとえばヒマラヤ薬草実習(第1話参照)では、課題の薬草がどこに生えているかなんて教えてくれず直感だけが頼りだ。1日中、間違った薬草を採取し続けていた哀れな学生もいれば、手ぶらで帰ってくる学生もいる。大学の普段の学習では四部医典だけを手にして暗誦に励まなくてはならない。そんな限られた情報の中で僕たちは「気づく力」を養っていく。情報を詰め込んでいく日本の医療教育とは対照的だ。だからこそ薬草実習や暗誦教育が、いまの日本の医学・薬学教育に欠けている「気づく力」を提案できる可能性を秘めているのではと思っている。北丸子小学校の子供たちが試行錯誤しながらチャボ小屋を作ったように、もっとみんなが薬草に対して試行錯誤してほしい。薬や薬草の効果効能を検索する前に、「何に効くんだろう」「どこに生えているんだろう」「どこをどうやって薬に使うのだろう」と考えてほしい。チャボ小屋をホームセンターで買うよりも作ることに楽しみを感じるように、もっとみんなが薬を創造する楽しさを実感できたら日本の医療に変化が起きるかもしれない。どうしてって? うーん……これ以上は上手く説明できないな。だからもっと上手に説明するために僕は大学院で教育学を専攻することにした。風の旅行社とともに開催してきた「青海チベット高原・薬草の旅ブータンでの「薬草ツアー」チベット医学・絵解き講座「my薬草茶」講座標高1,000mで薬草観察」、これらの活動の芯に教育を据えた「薬草+教育=薬育(やくいく)」が僕の研究テーマだ。

やきそばを焼く「原さん」

最高の天気の中、原さんを含め、参加者全員がゴールインした。「乾杯!」。バーベキューを囲んでお客さんとの会話が弾む。こうして大自然のなかで体を動かしながら薬育の風を日本中に吹かせたい。すぐには結果が現れないけれど、それも教育の醍醐味ですよね、原さん。10年後、もっと多くの人たちが畑に薬草を植え、山に薬草採取にでかけるようになってほしい。自分だけの薬草茶を作って楽しんでほしい。子どもたちは薬草で魔女ごっこやお医者さんごっこ、脈診ごっこに興じてほしい(第52話)。そんな時代が訪れることを夢見て、この4月から早稲田大学・国際教育学・修士課程への新たな一歩を踏み出したいと思っている。

補足
大学院での正式な研究テーマは「チベットの薬文化から見る薬育の実践教育」です。それに伴い、小諸の「チベット医学・薬草研修センター」は都内に移転しました。薬草観察会やワークショップは5月から10月にかけて、今後も小諸で開催していく予定です。2013年もどうぞよろしくお願いいたします。

チャボ小屋の話は「風の旅行社物語」の20ページに登場します。こちらも是非、ご一読ください。

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