第142回●ツィクズー ~チベット語大辞典~

チベット語大辞典 上下巻二冊

日本語大辞典を編纂する過程を描いた映画『舟を編む』を鑑賞しながら、僕はずっとチベットの大辞典『ツィク(単語)・ズ―(庫)・チェンモ(大きい)=大辞典』に思いを馳せていた。

大辞典編纂の起源は1928年にまで遡る。そして50年後の1978年に本格的な編集委員会が組織され1979年に初版が発刊される。そこから改訂を重ね、現在は実に5万3千語を収録する大辞典にまで発展した。人物名で検索すると簡単な伝記が紹介され、辞典の巻末には絵入りでチベット文化の紹介もされている。さらに日常用語やことわざ、仏教用語はもちろん、医学用語が意外なまでに豊富なのは本当に助かる。なんでもアムチが編纂に関わっていたという。したがって大辞典さえあれば、仏典や四部医典をかなり解読することができるのだ。

チベット文化の紹介

「もしも無人島に一冊だけ持っていくとしたら」という定番の質問をされたなら僕はチベット大辞典と答える。それくらい僕は愛着を抱いているし、大辞典に付着した僕の手垢がそれを物語ってくれている。事実、メンツィカン在学中、僕はいつも大辞典を引きながら四部医典を勉強する変わり者だった。例えるなら、日本の医学部生が広辞苑を読みながら勉強している姿を想像してほしい。もともと僕は日本語においても語源や土地の名前の由来など、一語一語が持つ意味に興味がある性格なのだ。


たとえば四部医典の正式名称「ドゥツィ・ニンポ・イェンラク・ゲーパ・サンワ・メンガ・ギ・ギュ」だけでこのように解説できる。
ドゥは悪霊という意味であり病を暗喩する。ツィは薬。したがってドゥツィは「病を癒す薬(中国語で甘露)」を意味し、教典の必要性を表す。ニンポは精髄で喩えを表す。イェンラクは支部。ゲーパは八。八支部は教典の内容を表す。サンワは秘訣。メンガは口伝。秘訣口伝とは教典を説く人間の条件を表す。また、秘訣とはすなわち、「汚い容器」「穴の開いた容器」、「逆さまに伏せられた容器」、これら三つに水を注いでも無意味なように、教える条件を満たさないこのような人間には医学を教えてはいけないことを示している。ギは「の」にあたる助詞。ギュは教典。したがって「甘露の精髄からなる八支部医学の秘訣の教典」となる。この題名には、教典の必要性、喩え、内容、教えの条件が込められているのである。

当時の僕の自習風景
本棚に大辞典(白いカバー)が並ぶ 2007年

こうして一語ずつ解析していけば骨身に教えが浸みこんでいく。そのおかげで、卒業し4年が経過したいまでも根本部、論説部は詳細に解説することができる。しかし、3年生の秘訣部に入り、授業のスピードがそれまでの2倍以上に上がると、もう、僕の「大辞典勉強法」では追い付けなくなってしまった。成績は急降下。丁寧な勉強法には長所も短所もあるというものだ。ちなみに日本人が広辞苑や国語辞典を普段、使うことがないように、チベット人もまた大辞典を使うことはあまりない。

そんな愛着のある分厚い大辞典を同時期に3冊も保有していたことがある。1つはダラムサラ、ひとつは実家の富山、ひとつは日本で滞在先の京都(後に小諸、今は都内)。何かチベット語の疑問が浮かんだ時、大辞典をひいてすぐさま解決しないと気が済まない性格なためである。ところが、先日、大辞典への熱い思いをチベット語研究の第一人者である星泉先生に語ったときのこと。先生は颯爽とスマートフォンを取り出し、デジタル化された大辞典を僕に見せてくれた。「ええー、なんてことだ」という驚きとともに肩の力が抜けていく。いやいや、少なくとも僕はこの大辞典の重量感と紙をめくる手の触感を大切にしたいのだ、とアナログ派の僕は自分に言い聞かせてみた。そう記しながら、いま、改めて手に取ってみた。やっぱり、しっくりくる。チベット語を85年間、編み続けた歴史の重みが伝わってくる。

自習に励む医学生

『舟を編む』の意味は「人と人との思いをつなぐ“言葉”を整理し、意味を示し、もっともふさわしい形で使えるようにするもの-辞書。その辞書という【舟】を編集する=編む」だという。海に囲まれた国、日本ならではの命名だ。ならば、天にもっとも近い国、チベットで編纂された大辞典の物語には『星を編む』がふさわしいだろうか。

映画『舟を編む』を見た夜に記す。



(注)
大辞典の正式名称は『蔵漢大辞典』で、チベット-チベット語辞典とともに、チベット-中国語辞典の2つの機能を併せ持っています。

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